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鳥井一平さんの新著「国家と移民ー外国人労働者と日本の未来」

「国家と移民ー外国人労働者と日本の未来」集英社新書

 日中労働情報フォーラムの会員である鳥井一平さんが本を書きました。「国家と移民ー外国人労働者と日本の未来」集英社新書、860円+税です。
 鳥井さんは、移住者と連帯する全国ネットワーク(移住連)代表理事で、元全統一労働組合書記長です。中国人研修生の支援活動をはじめ、外国人労働者の問題に取り組んできた方です。私との付き合いは、もう35年ほどになります。
 一昨日の6月19日は、奴隷解放記念日で、移民国家のアメリカでは、人種差別に反対する大規模なデモが行われました。アメリカ国務省は毎年6月19日に「人身売買年次報告書」にもとづき、人身売買と闘うヒーロー賞の表彰を行っています。鳥井さんは2013年に日本人として初めて表彰されました。その政治的意図は分かりませんが、彼が表彰に値する活動をしていたことは事実です。
 奴隷制度廃止の思想は、日本国憲法第18条(奴隷的拘束及び苦役からの自由)に伝えられると思います。鳥井さんの本を読んで、強制連行、従軍慰安婦の問題を思い起こし、国際的に労働力が移動する時代における労働者連帯を考えて見てください。

伊藤 彰信

*集英社新書『国家と移民 外国人労働者と日本の未来』紹介チラシ

「人民網日本語版」2020年4月前半 抜粋(2020/04/16)

<20> 「人民網日本語版」2020年04月15日
中国が世界140の国・地域と防疫経験を共有 薬品開発の成果が一部の国に導入
国務院共同感染対策メカニズムは14日に記者会見を開き、新型コロナウイルス肺炎の薬品・ワクチン研究開発などの科学研究の進捗について紹介した。科学技術部(省)生物センターの孫燕栄副センター長は、中国が世界の感染対策に提供した経験と参考材料を紹介した。(1)中国の研究チームは中国国内で展開した新型肺炎についての薬品臨床研究による研究成果は、いち早く学術論文の形で国際的な学術誌に掲載され、中国の臨床経験・成果を最速のスピードで世界と共有した。

<19> 「人民網日本語版」2020年04月14日
中国が開発した世界初の新型コロナ不活化ワクチン、臨床試験の段階に
中国臨床試験登録センターのウェブサイトによると、国薬集団中国生物武漢生物製品研究所有限責任公司が研究開発した新型コロナウイルス(COVID-19)不活化ワクチン(Vero細胞)Ⅰ・Ⅱ期臨床試験が審査に合格し、「審査合格」事前登録状態となっている。同ワクチンは世界で初めて臨床試験の許可を得た新型コロナウイルス不活化ワクチンになった。不活化ワクチンとは、物理的または化学的な処理などの方法により、ウイルスの感染力と増殖力を失わせる一方で、人体の免疫反応を引き起こす活性は残した形で作られたワクチンのことだ。同社が開発する新型コロナウイルス不活化ワクチン(Vero細胞)の臨床試験の実施を担当するのは河南省疾病予防管理センター。また国薬集団中国生物には大規模な不活化ワクチン生産能力があり、新型コロナウイルス臨床試験の申請生産量は1ロット5万本以上。量産化後の生産量は1ロット300万本以上で、年間生産量は1億本以上。

<18> 「人民網日本語版」2020年04月10日
武漢の重症患者数が大幅に減少
4月5日、新型コロナウイルス肺炎患者受け入れ専門に建設された仮設病院の武漢雷神山医院で、まとまって「休假」に入った人工呼吸器や輸液ポンプを見つめながら、上海から湖北省支援に赴いた医療チームの医師はようやく安堵の表情を浮かべた。重症患者が減少したことを受けて、4月4日、雷神山医院では、2つのICUが1つに縮小された。人民日報が伝えた。3月から、武漢市では毎日平均して100人以上の新型コロナウイルス肺炎の重症・重篤患者が軽症患者となり、ピーク時には9000人以上いた入院中の重症患者は、4月6日には200人以下にまで減った。

<17> 「人民網日本語版」2020年04月10日
中国、新型コロナPCR迅速検査システムを開発 約45分で結果
中国科学院蘇州生物医学工程技術研究所によると、同研究所の汪大明研究員が率いるチームがこのほど、新型コロナウイルスPCR迅速検査システムを開発した。このシステムは常温で保管・輸送でき、約45分で定性的結果が出る。装置は小型で携帯しやすく、新型コロナウイルス核酸をその場で迅速に検査できる。同システムによる検体検査の平均時間は45分。検査において核酸を抽出・純化する必要がなく、PCR増幅の必要もない。処理液により病原体を直接分裂させ、標的核酸を放出することで、検体の標的核酸の性質を判断する。その試薬キットは常温で保管・輸送でき、コールドチェーン物流に対する依存を最大限に減らすことができる。同技術は検体検査の適時性、技術プラットフォームの可用性、検査・測定の利便性、試薬キットの環境適応性などの面でいずれも優れている。

続きを読む 「人民網日本語版」2020年4月前半 抜粋(2020/04/16)

訪中記  ― 改めて戦争しない、させない決意を新たに

渡部公一 (前目黒区職労委員長)

平和友好にむけ南京市を訪問

私は、日中労働者交流協会平和友好訪問団の一員として、毎年12/13に開催される南京大屠殺死難者国家公祭儀式に出席するため、12/11から12/15まで中国を訪問しました。昨年に続き2回目の参加です。日韓関係が徴用工問題などで厳しく、また中国と米国の貿易戦争が世界経済に大きな影響を及ぼし、香港で度重なる抗議活動が多発している中の訪中でした。日本と中国は、田中内閣の時に戦後処理で国交回復、平和条約を締結しましたが、明治から「脱亜入欧」の感覚もあるようで、差別意識があります。日本は、朝鮮半島を植民地支配していたことから戦後処理で双方の歴史認識に深い溝があり、朝鮮民主主義共和国(北朝鮮)については戦後処理、国交回復すらできていません。

こうした状況でなんとか一番近い国が仲良くなり、東アジアの非核平和の実現を願っています。

2つの成果

私たちは、労働者の立場から日中平和友好をテーマに交流しています。社会主義国の労働組合の活動について知識が乏しい中で皆さんと交流できたことは大きな成果でした。この中で私にとって二つの成果がありました。

第1に、昨年は訪中団にユニオン三重の若きリーダーも参加していましたが、今年は、来年4月に社会人になる学生インターン2人が参加し、一挙に平均年齢が若返りました。そのこともあり、私たちも新鮮なまなざしで訪問交流することができました。

第2に、現場の皆さんと交流できたことです。中国側は、全国総工会(日本だとナショナルセンターで全労連や連合)が窓口で、江蘇省総工会(日本だと県本部)が受け入れ、工場見学など地元現場の対応は南京市総工会が案内してくれました。今回の訪問で中国の労働組合が中央、県本部、南京市、工場レベルの人達と交流できました。

南京大虐殺受難者追悼国家公祭の式典に出席

今回の訪中の最大の目的である南京大虐殺受難者追悼国家公祭の式典出席です。私たちは労働者の立場から市川誠さん(元総評議長)らが建設した碑で誓いの言葉を確認、記念撮影しこの式典に臨みました、その式典終了後、侵華日軍南京大虐殺遭難同胞紀念館を見学し、この後、キャンドル祭に参加し世界平和を誓いあいました。その夜は、初公演オペラ「ラーベの日記」の観劇で、ラーベさんの南京市民を守る活動を描いた作品です。

南京市の経済開発区、主力工場、労働者サービスセンターを見学

Skywellの展示室

南京市の経済開発区の溧水区を見学しました。溧水区は、広大な土地を教科書にあるような都市計画の手法で新しい都市をモデル地区として開発し、現在と将来の都市像の説明を受けました。

次にこの地区にある主力産業の一つ、バスやワンボックスの電気自動車メーカーSkywellを見学。工場長から自社開発の部品やバッテリー、5 Gを活用した自動運転の説明がありました。特に印象に残ったのはワンボックスの組み立てラインで、労働者の微笑ましい作業風景を見ました。日本だと一人一人が一つの工程を機械的に対応しますが、ここのチームでいろんな作業をし、次のラインへ送るシステムで、日本でよくあるロボット溶接は見当たりませんでした。この後、Skywellの生産目標など説明がありました。この後、場所を移して産休制度など意見交換しました。

次に南京市総工会の職工服務中心(労働者サービスセンター)の訪問です。労働者、疾病や倒産などで窓口となる業務内容の説明を受けました。不慮の事故などで失業になった人へ再就職の訓練や起業するための融資などについて説明がありました。昨年は会議室で総工会の説明を受けてきました。今年は実際の事務所で具体の事業内容や訓練状況の説明を受けることができました。

バスやワンボックスの電気自動車メーカーSkywellを見学

全体を通じて責任者(各級の副主席クラス)は、シニア世代もいましたが、現場の工場長や開発主任も含め組合幹部の多くが 30代から40代の若い人たちでした。日本も若い世代へ早くバトンタッチしていかなければと改めて思いました。

長江大橋など南京市の大事なところも見学

南京長江大橋

南京市を訪問して長江大橋の見学ができたことは、とても良かったです。長江(揚子江)の大きさを目の当たりにし、この橋の中にある建設資料館も見学し、何よりもこの橋を地面から見ることができとても良かったです。この長江大橋の見学の前に長江のほとりにある南京大虐殺遭難者中山港記念碑も訪問できたことはとても良かったです。

中国各地の慰安所を展示している利済巷慰安所旧址陳列館を昨年に続き見学しました。説明してくれた案内人は、私の事を覚えていました。改めて戦争しない、させない決意を新たにしました。

ありがとうございました

伊藤彰信(日中労交会長、元全港湾委員長)団長をはじめ団員の皆さん、中国側の受けいれていただいたみなさんへ感謝すると同時に、来年は誰か参加できる人を募っていきたいと考えています。 以上

第7次「日中不再戦の誓いの旅」 ―「日中不再戦の誓いの碑」建立から10年、南京を友好訪問

伊藤彰信(訪中団団長)

 日中労交の第7次「日中不再戦の誓いの旅」は、12月11日に出発し、南京を訪問して15日に帰国しました。学生2名が参加し、平均年齢をぐっと下げた訪中団になりました。
 今年は、日中労交の市川誠初代会長が1985年に侵華日軍南京大虐殺遇難同胞紀念館が開館した時に贈った「鎮魂の時計」に刻んだ「誓い」を碑にして建立してから10年にあたります。訪中団は、南京大虐殺犠牲者追悼国家公祭に参加するとともに、電気自動車工場見学、職工サービスセンター訪問など、現場の労働者と交流してきました。
 訪中団は、団長=伊藤彰信(日中労交会長、元全港湾委員長)、副団長=松本耕三(日中労交副会長、前全港湾委員長)、秘書長=藤村妙子(日中労交事務局長、東京の満蒙開拓団を知る会共同代表)、団員=清水英宏(全国自治体労働運動研究会運営委員長)、渡部公一(前目黒区職労委員長)、池田和則(西日本NTT関連労組執行委員)、新崎盛吾(元新聞労連委員長)、吉本賢一(全港湾大阪支部執行委員)、相澤一朗(東洋大学4年)、猪股修平(東海大学4年)の10名です。
 以下、旅の経過と概要を簡単に報告します。

<12月11日>

 訪中団は、羽田、成田、関空から上海浦東空港に着きました。空港には中国職工対外交流センター経済技術交流部副部長の李晶宇さんが出迎えてくれました。バスで高鉄(新幹線)の上海虹橋駅に移動。昼食をとったあと、高鉄に乗って1時間13分で南京南駅につきました。駅には、江蘇省総工会弁公室科長の費震さん、南京市総工会弁公室の付光宇さんが出迎えてくれました。
 駅の近くで夕食をとり、ホテルに向かいました。ホテルは天豊大酒店。南京市中心部の新街口にある南京市総工会が経営する29階建てのホテルです。

<12月12日>

溧水経済開発区企画館で説明を受ける

 8時30分にホテルを出発し、1時間ほど離れた南京市溧水区に向かいました。
最初に溧水経済開発区企画館を見学しました。経済開発区は南京空港に隣接しており、新エネルギー車、空域産業、電子情報、スマート家電などの産業が集まっています。
 続いて開沃(スカイウエル)新能源汽車集団有限公司の工場を見学しました。新能源とは新エネルギーのこと、汽車とはバスのことで大型電気バスの工場です。技術研究室、ボックスカーの組み立てライン、展示室を見学しました。組み立てラインは数人のグループが部品を取り付けていました。展示室には、大型電気バス、小型電気バス、無人自動車、最近開発した電気乗用車などが展示されていました。
 会議室では、会社のプロモーションビデオのあと、党書記で董事長助理の張威さんが説明をしてくださいました。会社は2000年に創立、2011年に再編して現在のグループになった。従業員は約4000人。自動車産業は成長産業であったが、最近は下降している。しかし、当社は労働条件を維持して経営している。従業員は全員、工会(労働組合)の組合員であり、労働協約を結んでいる。苦情は工会の関与の下で調停して解決している。スポーツやイベントの福利厚生に従業員が参加している。貧しい人、病気の人など困難な家庭への手当や見舞金を支給している。
 溧水賓館で溧水区総工会の幹部を交えて昼食をとりました。話題は、新しく開発された溧水区のこと。50万人の都市をめざすという開発計画、エネルギー、水利、自動交通、公園、ごみ処理など都市計画について話が弾みました。

南京職工服務中心の料理教室

 午後は、市内に戻って南京市総工会の職工服務中心(労働者サービスセンター)を訪問しました。センターは2002年に設立され、32人の職員が5つの部門で仕事をしています。①職業訓練、②起業への貸付、③職業紹介、④困難な労働者の生活支援、⑤インターネットを活用した包摂的なサービスの5部門です。行政が行っている就業と社会保障サービスなどと違い、工会の場合は突然困った状況におかれた労働者の緊急支援のためのプラットフォーム的な事業団体です。1階の相談窓口を案内された後、2階の教室を案内されましたが、起業をめざす人たちを対象にした料理教室が開かれていました。
 案内してくれた南京市総工会副主席の劉輝さんの司会で、センターの熊載璽さんを交えて交流が行われました。労働組合としてこのような活動に取り組んでいることに感心しました。団体交渉指導員の教室もあり、交渉委員を養成しているとのことでした。

 夕方からは、江蘇省総工会と交流しました。
 張柯副主席候補が、江蘇省の状況と江蘇省総工会の活動について説明してくださいました。総工会の役目として、①労働者の合法的な権益を守ること、②国の建設に労働者を動員すること、③労働者を代表して国の社会づくりに参加すること、④労働者の文化、思想活動をおこなうことです。要するに労働者の権益を守り、労働者にサービスを提供することです。
 労働と経済工作部の董雷副部長が、①労働者の経済的地位の向上のための模範労働者の表彰、②効率、革新、安全、環境保全などの技能競技大会、③労働者保護のための安全教育、危険個所の指摘などの安全健康活動、④産業労働者のチームづくりなどについて説明しました。
 教育科学技術工会の陳副主席から同工会の活動について説明がありました。
 訪中団を代表して伊藤団長が、「日中不再戦の誓いの碑」を南京紀念館に建てる際にお世話になったことにお礼を述べ、「誓い」を実現するために、安倍政権が中国敵視を煽りながら戦争する国へ歩んでいることを阻止し、両国労働者階級の友好発展を発展させることが世界の平和を築く上で重要だとあいさつしました。(あいさつ文参照
 夜は、江蘇省総工会の朱勁鬆党組書記副主席が主催する歓迎宴が開かれました。北京から中国職工対外交流センターの彭勇秘書長、何際霞技術経済交流部部長も駆けつけてくださり、盛大な宴会となりました。

<12月13日>

南京大虐殺受難者追悼国家公祭

 南京大虐殺受難者追悼国家公祭に参加するため、8時にホテルを出発し、侵華日軍南京大虐殺遇難同胞紀念館に向かいました。松岡環さんの銘心会の皆さんと同じバスです。国家公祭には、彭勇秘書長、何際霞部長、張柯副主席も一緒に参加しました。前から4列目、私の隣は旅日華僑中日交流促進会の林伯耀さんでした。
 国家公祭のあと、彭勇秘書長、何際霞部長と一緒に食事をとりました。午後、ホテルで休憩した後、侵華日軍南京大虐殺遇難同胞紀念館を見学しました。偶然、南京師範大学の林敏潔教授にお会いしました。日本語学科の生徒たちが日本人の団体の案内をしていました。
 17時30分からキャンドル祭に参加しました。急いで夕食をとって、19時30分から創作オペラ「ラーベ日記」を鑑賞しました。この日初めて上演されたもので、南京安全区国際委員会の委員長を務めたジョン・ラーベをはじめ、ミニー・ヴォートリン、ジョン・マギーたちの南京市民を守る活躍を描いた作品です。

<12月14日>

 午前中、2015年12月にオープンした利済巷慰安所旧址陳列館を見学しました。中国各地の慰安所、日本、アジアの慰安所の資料が展示されています。南京での虐殺、強姦を契機に慰安所が軍の管理下に置かれるようになり、強制的に女性が連れてこられるようになっていく経緯が分かるようになっています。
 午後は、長江ほとりの南京大虐殺遭難者中山港記念碑を訪れました。また、1968年に中国独自の技術で完成した自力更生の象徴である長江大橋を見学しました。夕方、ホテル近くのスーパーで買い物をしました。
 夜は、南京市総工会の孫強党組書記常務副主席が主催する歓送宴が開かれました。ポケトークのような中国製の音声翻訳機を使って会話が弾み、楽しい夜となりました。

南京市総工会主催の歓送会

<12月15日>

 南京駅から上海まで高速鉄道を利用し、上海虹橋駅から浦東空港まで車で移動しました。浦東空港で昼食をとったあと、夕方の便で羽田、成田、関空へと飛び立ちました。
 江蘇省総工会の費震さん、南京市総工会の付光宇さん、通訳として全行程を同行してくださった李晶宇さんには大変お世話になりました。

南京市を訪問して―藤村 妙子改めて戦争しない決意を新たに―渡部公一

中国人俘虜殉難者日中合同追悼の集い (11月19日)

2019年10月31日

村山首相談話の会の諸活動でお世話になっております皆さまへ

村山首相談話の会・理事長 藤田高景

連日のご奮闘に心から敬意を表します。
 さて、来たる11月19日(火)午前9時から、東京都港区の「芝公園23号地」で、「第2回・中国人俘虜殉難者日中合同追悼の集い」(詳細は添付のチラシをご参照下さい) を開催いたします。
 中国から遺族・幸存者・宗教者ら50名も来日し、参加されます。
 皆さま方のご出席をお待ちしております。

●なお、本集会開催の趣旨は下記の通りです。
 第二次世界大戦末期、日本は国内の労働力を補うために、4万人に近い中国人を大陸から強制連行して、全国135カ所の鉱山や港などで奴隷労働を強制し、酷い待遇と虐待で多くの中国人が異国他郷で亡くなりました。
 今年は、中国から日本に強制連行されて殉難した中国人の遺骨が、秋田県岡
で発掘されて(1949年8月)から、丁度70年目に当たります。
 戦後、日本政府が作成した「外務省報告書」によれば、日本に強制連行されて亡くなった中国人の数は6830名に上ります(実数はこれより遙かに多い)。戦後、在日華僑、在日朝鮮人、宗教界、友好団体、労働組合などが中心となって進めた遺骨送還運動によって、当時は国交未回復という状況の中にもかかわらず、多くの困難を克服しながら、計2300体余の遺骨が中国に送還されました。故周恩来総理は、日本から来た遺骨捧持代表団を北京に招き、その友好と人道の精神を賞賛しました。現在、これらの遺骨は2006年に新たに建設された天津の在日殉難烈士・労工紀念館に、日本軍国主義の中国侵略の鉄証として大切に保管されています。
 しかし、なお多くの遺骨がこの日本の山野に埋もれたままになっています。
 この為、2009年の第一回慰霊法要に引き続き、今回、中国より約50名の御遺族をお招きし、中国人俘虜殉難者の為の日中合同追悼の集いを開催する事となりました。多くの日本の皆さんのご参加をお待ちしております。
(なお、当日は、午前9時から会場で追悼の6830足の靴並べを行ないます。中国から来られたご遺族とともに、日本の市民の皆さんもご一緒に追悼の意味をこめて靴並べを行ないたいと思いますので、早朝で恐縮ですが、当日は、午前9時までに芝公園23中国人俘虜殉難者日中合同追悼の集い号地に御集合いただきますようお願いいたします。)

          記

主催:中国人俘虜殉難者日中合同慰霊実行委員会

共同代表:田中宏(一橋大学名誉教授)
     内海愛子(恵泉女学園大学名誉教授) 
     林康治(熊本華僑華人総会名誉会長)

後援:中華人民共和国駐日本国大使館  
   真宗大谷派運行寺(なつめ寺)
   公益社団法人日本中国友好協会(会長 丹羽宇 一郎)
   中日合同慰霊法要旅日華僑協賛会
   南京大虐殺60ヵ年全国連絡会、 
   山谷労働者の会、 他

協力:村山首相談話を継承し発展させる会(理事長:藤田高景)

会場:芝公園23号地(港区芝公園3の4)
    都営三田線「御成門」徒歩5分
    都営浅草線、大江戸線「大門」徒歩8分
    JR「浜松町」徒歩12分

●お願い……「当日の配布資料」や「追悼の生花」の調達・準備のため、ご出席いただける方は、恐縮ですが11月12日までに、下記のメールアドレスまたは携帯に、ご連絡を、お願いいたします。
 E-mail  murayamadanwa1995@ybb.ne.jp
 携帯 090-8808-5000(藤田高景)

台湾:エバー航空スト、奮闘の17日間で締結された団体協約とは?(7/7)

7月6日に団体協約を締結して解決したエバー航空の客室乗務員が加盟する桃園市客室乗務員職業組合の17日間に及ぶストライキには、2300名の客室乗務員が参加しました。以下は、台湾の社会運動ウェブメディア「焦点事件」の報道の訳です。交渉妥結後にエバー航空本社前に設置されたストライキ・テントでの報告集会の様子も画像でUPされています。

原文:長榮空服員罷工》苦戰17天 團協簽了些什麼?

最後の記者会見には、労使双方とともに労働部(省)の部長、桃園市長なども顔を見せています。

記者会見の模様(映像

桃園市客室乗務員職業組合のfacebook

以下、「焦点事件」からの翻訳です。

<会員=I・Y>

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エバー航空客室乗務員スト:奮闘の17日間で締結された団体協約とは?

2019年7月6日

焦点事件 記者 王子豪

【写真】団体協約締結後、南?[桃園空港近く、エバー航空の本部がある]のストライキテントに戻った組合交渉代表らは夜の小集会を行った。集会では最後に組合員たちがステージに上がり、スト檄布にピンクの塗料で手形を押した。手形を提起した組合員は「これをずっとやりたかったの。17日間待ってやっと実現した」と語った。(撮影:王子豪)

客室乗務員労組は7月6日にエバー航空と団体協約を締結し、ストライキは9日には完全に解除されることとなった。6月28日、エバー航空の林宝水会長が組合に対して「話がしたい」と持ちかけ、「6・28提案」を提起した。その日の夜に組合は投票を行った。翌6月29日に提案を受け入れることを決めたが、その日の午後に会社側は、組合が提起した「争議後の処分禁止条項」を拒否したことで協約は締結されず、ストライキは継続した。またその後に伝えられた会社側の「平和義務条項」によって双方の隔たりが拡大したが、7月6日に最終的に合意に達した。6・28案では詳細が不明確だった「争議後の処分禁止条項」と「平和義務条項」の具体化がもたらした結果である。

◎組合の「争議後の禁止処分条項」

6月29日に組合が提起した「争議後の処分禁止条項」は、「組合員資格およびスト参加は組合が認定する」「スト参加の組合員の権利をスト以前の状態に回復する」「会社はスト参加者に対して法的追訴および補償請求は行わない」「不当労働行為については労働部[省]不当労働行為審査委員会が認定した後は、会社はそれ以上の再審査申請を行わないこと」。

このうちストライキの条件は組合が決めるという原則について、7月2日の交渉では、押し通すことができず、案件ごとに処理することになった。これは「18人のスト参加」(※)問題を含む、ストライキ期間中に「職場放棄」と認定された27人に関係する。この問題は労使双方が推薦する委員3人から構成される調査委員会によって結論が出されることになった。今後もし同様の案件が出た場合も、この方法で対処することになった。

(※)訳注:ストライキ指令が出された6月20日16時の時点で、搭乗手続き業務をしていた18人の客室乗務員がストライキに参加したことに対して、会社が「職場放棄にあたる」として処分することを明言していた問題

「ストライキ以前の権利を回復する」という部分について、そのうち一番重要になるのは、5月8日に会社が出した通知である。赤字を理由に年末一時金と賃上げを凍結し、優待チケットも廃止するが、ストライキに参加しない職員についてはこの限りではないとした内容である。このうち年末一時金と賃上げについては組合員と非組合員を区別はせず、優待チケットの廃止についても会社側はストライキ参加者を対象にしたものではなく、「制度は全廃し、会社に貢献した職員への新しい奨励制度を設ける」としていた。

7月6日の交渉では、一か月のうちに他社の航空券購入に対する優待制度は復活させるが、エバー航空のチケットについては、漸次的な復活を計画しており、今後二か月のうちに別途協議することとなった。労働部[省]と桃園市政府は6日の交渉後の記者会見で、優待チケットに関する福利厚生は「原則一致」を順守すべきだと述べた。

組合が提起した「再審査請求は行わない」ということについては、会社側は「もし組合の側が今回のストライキは法律にのっとって行われたというのであれば、会社はそれを尊重する」ことを約束した。「不当労働行為と認定された後は再審請求をおこなわない」という条項については議論がされなかった。

◎会社側の「平和義務条項」

会社が提起した「平和義務条項」は、6日の文言協議で、組合は3年間はストライキを打たないことに最終的に合意した。しかし「労使紛争処理法」[労組法の間違いか?]第35条第2項の権限は保留する、つまり会社が労働組合を弾圧する不当労働行為、あるいは不誠実団交があれば、組合はスト権を行使することができる、ということである。

会社が提起した「平和義務」にあった「職員に対する嫌がらせ、排除、差別などの違法行為あるいは不当な対応を行ってはならない」、「会社、会社役員、職員、株主などに対して事実に基づかずに侮蔑したりけなしたりしてはならない。違反者には違約金を科す」「団体協約事項に関するストライキをしてはならない」という要求のほか、他の労使紛争でも持ちだされるスト予告期間「ストライキの30日前にはストの期日、時間、ピケ方式を通告しなければならない」という要求について、「嫌がらせ、差別」「侮蔑」の条項については他の法律の範疇であり、また「スト予告期間」についても3年間はストを打たないという合意があるということで、[すべて]協約の文言から削除した。

◎その他の重要な合意内容

他の条項については、おおむね6月28日に提案がベースになっている。「待遇の改善」については、時給計算の「日払い費」をフライトごとに計算する「飛行安全服務報奨金」にすることで合意した。これにはフリーライダー禁止条項を付けなかった。

「飛行安全服務報奨金」の計算方法は、BRで始まるフライトコードで長距離便には500元、短距離便には300元の飛行安全服務手当が支給され、PNC便(2チーム、片道勤務)はその半分となる。エバーが航空機と乗務員をリースしている立栄航空(UNI AIR)のB0便は、エバー社内の「立栄フライトチーム」の客室乗務員が搭乗するが、国内の短距離便に何度も搭乗するので、手当の算出法は別途行うことになった。

いわゆる「過労航路」については、組合は「Uターン」(同じフライトチームで戻ってくる)航路の一部を、渡航先で一泊する勤務体系に改善するよう求めていたが、BR198、BR108、BR184の三つの東京航路について、10月から3月の冬季6か月間について一泊勤務とすることで合意した。BR716北京航路については6月から8月の雷雨期と4月の滑走路保守時期の4か月間を一泊勤務とすることになった。

会社側が拒否してきた「取締役会への労働側代表の参加」については、組合側も形式には固執せず、「経営方針の決定の透明性」という中身を追求することになった。定期的な労使の意思疎通、減員や渡航先での休憩時間を削減する際は、組合と交渉しなければならないことも団体協約に盛り込んだ。客室乗務員への処分を決める「人事評価委員会」には客室乗務員が選んだ5名の教官を入れて、ローテーションで委員会に関与することとし、発言権と投票権のある陪審委員を一人選出して、ほかに一名の客室乗務員が当事者として同伴する協約を結んだ。

台湾:エバー航空客室乗務員組合がスト突入(6/21)~(7/7)

<6/21>

昨日、台湾のエバー航空(長栄航空)の客室乗務員らが加盟する労働組合が、経営側との労使交渉が決裂し、16:00からストライキに突入しました。

組合は桃園空港のある桃園市の「桃園市空服員職業工會」です。

以下、中国語ですが情報まで。

Facebookはこちら

交渉の全経過はウェブ中継で公開(録画)されています。

16:00のスト開始とともに、エバー本社前でピケをはっての集会に突入。

こちらはストライキ宣言。やや長いので、おって翻訳します。

6/20には南部の高雄の組合員も北上してストに合流。

がんばれ!
加油!

<I・Y>


<6/26>

6/20の夕方16時からストに突入したエバー航空客室乗務員組合ですが、7日目の今日もストは続いています。

同組合のfacebook

6/22には韓国民主労総からも連帯メッセージ届いてます。

時間が取れず翻訳できていませんが、運動側の報道もたくさんあります。以下、紹介まで。

ピケットラインを巡る攻防:スト一日目(焦点事件)

エバー航空ストの8つの要求(苦労網)

嵐のなかのコンセンサス:離島線は通常運行(焦点事件)

ちょっと翻訳する時間がとれませんが、エバーの日本便のなかでも労災事故が発生したりしてます。
がんばれ!加油!

<I・Y>


<7/3>

香港の件などで忙しくて、エバー航空のストライキの続報などお伝えできませんでしたが、昨日、12時間にわたる団体交渉で合意して、ストライキが解除となりました。

どの程度の要求を勝ち取ったのかなど、ちょっと時間がなくてまだ確認していませんが。とりあえずリンクのみ。

団体交渉で合意、スト解除へ(写真あり)

ストライキ支援集会(人権弁護士らも支援、映像、画像あり)

桃園市客室乗務員職業組合facebook

とりあえずよかった!

<I・Y>


<7/4>

当該組合のfacebookに7月3日付で英語のメッセージがありましたので紹介しておきます。

Call for Solidarity
Taoyuan Flight Attendants Union Calls for International Solidarity for Its Strike against Blatant Union Busting Attempt of EVA Air
July 3, 2019

<I・Y>


<7/5>

ごめんなさい、エバー航空客室乗務員が加盟している組合、スト解除してませんでした!

スト後の処分をめぐって協約が締結できておらず、ストは継続中です。経済的要求項目は妥協できるが、合法ストに対する処分は一企業の問題ではなく台湾全体の労働者の問題であり、受け入れられないというのが組合のスタンスのようです。

これもまた翻訳する時間なくて申し訳ありませんが、エバー航空の組合・スト敵視の姿勢は台湾全体の問題であり、政治の問題でもある(来年1月総統選挙)ということで、エバー航空の組合員たちは、スト継続への支援と資本への圧力を訴えるべく、全国行脚をしています。

facebookに全国連帯行脚の様子があります。

もちろんこれは一台湾だけの問題ではないと思います。

加油!

<I・Y>


<7/7>

台湾:エバー航空スト、17日目で協約締結し解決へ

昨日、桃園市の仲介による団体交渉が行われ、労使が合意に達し、協約が結ばれました。ストは9日の24時をもって解除されることになりました。

エバー航空、CA労組と団体協約 スト決行から17日目/台湾

詳しい合意内容は現地の運動メディアでも報じられていますので、今日中に訳して送ります。

長榮空服員罷工》苦戰17天 團協簽了些什麼?2019/07/06焦點事件記者王子豪報

とりあえずの一報です。

<I・Y>

HKCTUは6・17ストで法案改悪を阻止する<6/14> なぜデモ参加者数が200万+1人なのか <6/20>

逃亡犯の中国送還条例に反対する (続報2)

香港:HKCTUは6・17ストで法案改悪を阻止する<6/14>

香港では6/20の容疑者引き渡し条例の改悪に抗議する運動が続いています。民主派のナショナルセンター香港職工会聯盟(HKCTU)は、6月17日に条例改悪反対のストライキを打つことを決めました。

翻訳する時間はないのですが、facbookにはストの説明やQ&A、今日の記者会見の映像などがUPされています。

https://www.facebook.com/HKCTU/

もちろん労働組合の多数派は、中国政府寄りの工聯会なので、ストライキの影響力がどれほどあるかは不明ですが、たぶん2014年の雨傘運動の時にはストライキは打てなかった(と思う)ので、必死度は前回以上かも。もちろん政府の方も。

加油!            <IY>

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香港:なぜデモ参加者数が200万+1人なのか <6/20>

すこし間が空きましたが、香港の容疑者送還条例反対について、労働者のはなしなのでこちらのMLでもシェアします。重複ご容赦。

6月16日に行われた巨大なデモ。日本では「200万人デモ」とか「200万近いデモ」などと報じられていますが、主催者の「民間人権陣線」はハッキリと、「2000001人デモ」「200万+1人デモ」と言ってます。

この「1人」は、15日夜に工事現場のビルのうえで「反送中No Extradition To China」という横断幕を掲げた抗議行動の最中に転落して亡くなった35歳の男性も、みんなと一緒に参加したという意味が込められています。

HKCTUが呼びかけた「6・17ストで条例反対!」では、集会の冒頭に彼のために1分間の黙とうがありました。黙とうの説明はこうです。「烈士」とは大義のために犠牲になった人への尊称です。

「2019年6月15日、わたしたちとともに送還条例に反対してきた梁烈士はこの世を去りました。わたしたちは、信義を守り、故郷を愛し、民主と自由を守るために、生命の危険を顧みずに暴政とたたかった仲間を失いました。私たちは知っています。あなたは建設労働者として、5年前(の雨傘運動のとき)に私たちと一緒にオキュパイ(占拠)に参加したことを。あなたが去ってしまったことに最大限の悲しみと憤りを感じるとともに、香港のためにあなたが犠牲を払ったことに敬意を表します。あなたがビルから墜落したとき、わたしたちの思いもあなたと一緒にありました。あなたが去ってしまったことを信じられません。ですがあなたの身体は去ってしまいましたが、あなたの魂は私たちとともに在り続けるでし
ょう。これまでと同じように、あなたは闘争の最前線に在って、政府による不正義な控訴にも恐れることなく、警察の暴力で負傷した民衆を守りつづけるでしょう。あなたの名前を知らない人もいるでしょうが、あなたはこれからもずっと私たちと一緒です。」

35歳の建設現場の労働者が選んだ抵抗の場所は、建設中のビルの上でした。一部では「抗議の自殺」とも報道されたようですが、転落するシーンを映像でみたのですが、ビルの上で数時間抗議していた末に、数名の救護要員につかまれた服が脱げた拍子に転落した、という感じでした。

こちらに中国語ですが報道や写真がありますので、紹介しておきます。<原文>
条例の改正案は撤回されておらず、警察の鎮圧で負傷した学生の親の呼びかけや学聯のよびかけによる法案撤回、鎮圧の責任者である行政長官の辞任などを求める行動が断続的に呼びかけられています。

7月1日は97年に香港が中国に返還された日で、毎年休みですが、民主派も毎年デモを行っています。
今年もデモが呼びかけられており、参加者は増えそうです。生きてこのデモの+1人になろう。           <IY>

事務局長退任に寄せてー 前川武志

前川武志ー南京 2018/12

平坂春雄事務局長から引き継いで10年余り、至らない事務局長ではありますが藤村新局長が引き受けていただいたので身を引かせていただきます。

平坂さんは高野派の重鎮であり、中国とも太いパイプを持つ方でした。尼鋼争議の際に中国からカンパを頂いたのをとても感謝し、事あるごとの費用ねん出に身銭を切っておられました。少しは見習わなければと真似事をしましたがとても足元に及びませんでした。

兼田富太郎事務局長が日中国交回復、平坂氏が八三一部隊や毒ガス弾など日本の戦争犯罪、南京虐殺などに取り組まれ、「不再戦の誓いの碑」の建立の活動に尽力されました。前川はその誓いの碑を守る活動だけでした。事半ばでは有りますが、本業が忙しく、活動の為の時間確保が出来ず、迷惑のかけっぱなしなので、これ以上迷惑をおかけできないので退任を承諾いただきました。皆様の支えで活動できたことに感謝します。また日中労交、日中労働者情報フォーラムの末端をけがしていた事に誇りを感じています。

2019/6/10

前事務局長 前川 武志

日中労働情報フォーラム事務局長就任にあたってー藤村妙子 

私は、地域の市民運動の仲間たちと東京からの満蒙開拓団の調査研究を行う「東京の満蒙開拓団を知る会」を2007年9月に作り研究の成果を2012年9月にゆまに書房から出版しました。この拙著が会長の伊藤さんの目に留まり、2016年4月16日(くしくもこの日は私の誕生日!) 第4回総会において「なぜ東京から一万人も満州に渡ったのか「東京満蒙開拓団」~その背景と史実から学ぶもの~と題して講演を行ったことが縁で入会しました。

総会で司会を務めた藤村妙子新事務局長

私と中国との関係は、高校生の時から始まります。学園紛争が華々しく闘われた後の1970年4月に入学した高校では様々な教育改革が行われていました。制服はなくなり、自由な雰囲気が漂っていた頃でした。そして、高校2年から「選択授業」が各種あり、私は「中国近代史」を選択しました。週一回中国の近現代史、日本が戦争中に行ったことを本多勝一氏の「中国の旅」をテキストとして学んだり、毛沢東の「実践論」「矛盾論」を読んだりしました。この時の経験が、私のその後の人生を決めたと言ってもいいと思います。

今、毎日中国の事が報道されない日がないほど、世界的な様々な動きと中国の動きは連動しています。中国は日本の侵略とその後の内戦などによる破壊や様々な問題を克服し、日々変化し、発展しています。私は「中国近代史」の授業の時に教師の「中国は広い、変化に富んでいる。今が全てではなく、矛盾の中から次の力が生み出される。日本にいたら感じられないダイナミックなものがある。」という言葉を思い出します。
こうした中で、「中国侵略戦争を労働者人民の闘争によって阻止し得なかったことを深く反省し(中略)日中不再戦、反覇権の決意を堅持し・・・両国労働者階級の友好発展を強化し、アジアと世界の平和を確立するため、団結して奮闘することをあらたに誓います」という日中労交の初代会長の市川誠氏によって起草された「誓い」の一節は、今も私たちの方向性と決意を示していると思います。
まだまだ、経験の浅い事務局長ですが、先輩諸氏のご指導を受けながら、次の世代にこの運動を繋ぐ役割を微力ですが果たして行きたいと思います。

藤村 妙子 
(東京南部全労協事務局長/東京の満蒙開拓団を知る会共同代表)

参考資料 大田区職労ニュース掲載の藤村妙子のメッセージ