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「日中平和友好条約締結45周年記念大集会」報告

2023年8月10日

日中平和友好条約締結45周年記念大集会を開催

 日中平和友好条約締結45周年記念大集会が8月10日、衆議院第一議員会館で開かれ、定員300人の会場が満杯になった。

 主催者を代表して村山首相談話の会の藤田高景理事長が「米国の言いなりになって『台湾有事』を口実に反中国包囲網をつくり、着々と戦争準備に突き進んで良いのか。日中平和友好条約の精神に立ち返って善隣友好関係を取り戻さねばならない」とあいさつした。

 

政府は台湾独立不支持の表明を―鳩山友紀夫元総理

鳩山友紀夫元総理の来賓あいさつ

 来賓の鳩山友紀夫元総理は「日本は過去に中国に侵略し多大な損害を与えた。傷つけられたものが許すまで無限責任を負っている。日本政府は、棚上げしていた尖閣諸島を国有化して緊張を高め、『台湾有事は日本有事』と危機感を煽った。麻生自民党副総裁は『日米台は戦う覚悟を示すべき』と言っているが、日中平和友好条約には『すべての紛争を平和的手段で解決し』と書かれている。日中共同声明で『日本政府は、台湾が中国の領土の不可分な一部であるという中国の立場を十分理解し、尊重する』としている。台湾は中国の内政問題である。日本政府は台湾の独立を支持しないと表明することが肝要だ。」と述べ、地球環境問題などでの日中協力の実績を積み重ねる重要性を語った。

 

人的交流の促進を―呉江浩駐日中国大使

呉江浩駐日中国大使
呉江浩駐日中国大使の来賓あいさつ

 呉江浩駐日中国大使は「日中平和友好条約は、両国間の恒久的な平和友好関係を発展させることを双方共通の義務として法的に定めた。そして、内政に関する相互不干渉、すべての紛争の平和的手段による解決、覇権を確立しようとするいかなる国の試みにも反対する基本原則を確認した。中日両国は条約の義務を誠実に履行しなければならない。新しい時代の要請にふさわしい中日関係を構築することが求められている。平和を断固として守らなければならない。今日の日本では一部の人たちが歴史の教訓を忘れたかのように中国脅威論を騒ぎ立て、台湾有事を煽り、『強い抑止力』、『戦う覚悟』とまで言い出す人が出てきている。我々は友好の旗を高く掲げなければならない。友好こそ両国の利益に合致するものである。中日関係の四つの基本文書に従い両国関係の大局を守るべきである。中日の経済活動は深く絡み合っており、平等互恵の関係が両国民に大きな利益をもたらしている。一部の人がその関係の弱体化を図り、ひいては切断を企てて、中国の発展を抑制しようとしている。このような情勢において、人的交流を促進し相互理解を図ることが大事になっている。今日から中国からの団体旅行を解禁した。引き続きビザなし渡航をめざして努力していく」とあいさつした。

 

親米反中路線は破滅の道・平和外交の促進を

 元広島平和研究所所長の浅井基文さんが「バイデン・岸田対中国対決政治は清算しなければならない」と題して記念講演を行った。「日本人は、アメリカに好感度を持っているが、中国に対してはアメリカ政府や日本政府の対応に追従している。アメリカはエゴの塊であって世界一極支配を維持しようとしているが、そうはならない状況が出てきている。経済制裁乱発による世界的な脱ドル化の動き、他国からの軍事援助なしには戦えないウクライナ戦争、無理な中国封じ込めなどバイデン政権の対外政策は行き詰まっている。岸田政権は、親米反中路線をとり、アメリカの軍事戦略に全面的に加担し、安全保障三文書を閣議決定した。先制攻撃準備、対米兵站支援、ミサイル基地建設、民間施設の軍事転用などをすすめている。台湾問題、南シナ海問題について、日本のマスコミはアメリカがいうとおりの情報しか流さないので、正確な認識を持たないと友好関係は築けない」と切り出した。

 そして台湾問題については「中国は国内問題、アメリカは国際問題という基本認識の違いがある。米中間の3つの基本文書は玉虫色になっており、アメリカの解釈は一概に否定できない。1970年代80年代に中国は台湾に『台湾独立』を叫ぶ勢力ができ政権を取るとは思っていなかった。アメリカは中華人民共和国成立、朝鮮戦争以降、台湾は絶対に中国に返さないという方針である。中国は国内法よりも国際法が優先する立場、アメリカは世界でも稀な国際法よりも国内法が優先する立場である。台湾関係法で台湾有事が起これば軍事介入する余地を常に残している。日中共同声明では『日本政府はポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持する』とあり、ポツダム宣言では『台湾は中国に返還されるべき』と書かれている。ところが返還されてないのだから、日本政府はアメリカの立場を尊重し、従っている。いま中国は台湾に『九二共識』を遵守せよと迫っている。『一つの中国』原則を順守してくれれば、中国は百年河清を待つ用意はあると思う。ところがアメリカと日本は中国に武力行使をしないと約束しろと迫る。中国は、台湾は内政問題だから外国は口を出すなと言っている。台湾が独立すると言ったら中国は武力解放することになる。その場合、アメリカには3つの選択がある。不介入、台湾への武器供与(ウクライナ方式)、米中全面戦争である。日本にも3つの選択がある。不関与(日中平和友好条約遵守)、米軍基地提供兵站支援(日米安保条約履行)、中国との全面戦争(安全保障三文書)である。関与すれば中国からの報復攻撃の可能性がある。日本滅亡の可能性がある。日本にとって台湾有事がそれほど大事なのか。日中共同声明、日中平和友好条約に立ち返っても、今の状況を解決できないかもしれない。それを一歩進めて日中不戦条約を締結する必要がある」と述べた。

 さらに南シナ海については「中国は歴史的国際法的に九段線の内側は中国の領土だと主張していた。1960年当時まで誰もが認めていた。1969年に南シナ海に大量の石油資源が埋蔵されている可能性があるといわれ始めて領有権問題が浮上してきた。日本は日華平和条約で南沙諸島、西沙諸島は中国のものであることを認めている。中国は隣接海域についても国連海洋法条約にもとづいて権利主張をしている。係争地域については、関係国との間で主権問題を棚上げにして共同開発を提案している。アメリカは国連海洋法を批准していない」と述べた。

 最後に「米中関係悪化の原因はひとえにアメリカ側にある。日本は米中のいずれの側にも与することなく、平和憲法の原点に立ち返り、平和外交を積極的に営まなければならない」と結んだ。

 

「戦わない覚悟」が求められている

 各界からの発言として、元経済産業省の古賀茂明さんは、中国政府関係者との話として「2027年までに中国が台湾を進攻すると言っているのはアメリカです。中国が台湾に進攻したら台湾住民の反感を買うでしょう。台湾の産業や生活を破壊して意味がありますか。アメリカや日本が武力援助して台湾を独立させるなら、武力解放も辞さないと言っているだけです。中国が進攻すると言えば、台湾や日本は武器を沢山買ってくれるからでしょ。中国と台湾が仲良くすれば、自然に統合の気運は醸成される。中台の経済関係は互恵関係ですよ。ゆっくり時間をかけてやればよい」と紹介した。そして、「2027年までの進攻はウソ、『台湾有事』はアメリカか日本がおこす、日米は間違ったメッセージを台湾に送っている、日本は台湾を守る義務は負っていない、アメリカは『台湾有事』の際は日本の基地を使うことを前提としている、日本は平和主義をすでに放棄している」と指摘した。

 人材派遣会社ザ・アールの創始者の奥谷禮子さんは、女性経営者の交流を通じて「中国が、女性の活躍を含めて、人材育成を戦略的、計画的に行ってきたことを痛感した」と話した。

 ピース・フィロソフィー・センター代表の乗松聡子さんは、「日本が行ってきた他国への侵略や、植民地支配の事実、それを支えてきた民衆の差別感情を克服するような教育はほとんどされていない。長崎にある大村飛行場は中国への渡洋爆撃の起点であり、広島は軍都であった歴史に触れ、長崎も広島も原爆投下で凄まじい被害を受ける大前提として、加害の地であったという史実を日本人として記憶しておかねばならない」と語った。

 沖縄大学地域地域研究所特別研究員の泉川友樹さんは、中国と日本の輸出入総額は国交正常化以降50年で130倍に増えていることを指摘し、経済協力を振り返りながら、今は新しいルール構築の時代に入っていると分析した。

 日中一帯一路促進会の大野芳一さんは、ココム時代に中国にコンピュータを輸出した経験を語り、アメリカがいかに自分勝手な経済制裁や人の拘束を行ってきたかを語った。

  最後に日中労働者交流協会の伊藤彰信さんが「戦争、虐殺、差別をなくし、平和・友好を促進していこう」と閉会のあいさつを述べ、大集会は成功裏に終了した。

南京国際平和通信第41号

Wed, 7 Jun 2023

尊敬するご友人の皆様へ

夏が来るか来ないか、最近は気温変化が大きく、微妙な春夏季を迎えました。
でも、これからセミがそろそろ羽化し、本物の夏が近いです。
長い冬の記憶がどっかへ去って行き、もう来ないでしょう。
この度は第41号通信を送りいたします。
どうぞよろしくお願いします。
編集部

目次:
●アメリカ「タイム」誌、南京が全世界の南京大虐殺資料提供者に感謝
●南京大虐殺生存者の王長発氏が逝去
●歴史の伝承者 各国の言葉で南京の歴史を語る歌で中国のストーリーを語る
●リレーで歴史真相を伝えていく
●国内外の青少年が記念館を見学
●記念館の小さなボランティアたちが生存者に心を寄せる
●紫金草芸術団が成立

南京国際平和通信第41号 ウェブ版

南京国際平和通信第41号 pdf版

日中平和友好条約締結45周年記念大集会

今年は日中平和友好条約締結45周年です。同条約は、「両国間の恒久的な平和友好関係を発展させる」ため、1978年8月12日に調印されました。こんにちの日中関係はこの半世紀で最悪の状況と言われています。日中平和友好条約締結45周年に際し、現状をどう打開し、恒久的な平和友好関係を発展させるにはどうしたらよいか、考えてみたいと思います。

●日中平和友好条約締結45周年記念大集会
 —日中友好こそ、日本の最大の安全保障のひとつだー
日時 2023年8月10日(木)14時〜 (開場13時30分)
場所 衆議院第一議員会館 地下1階・大会議室
来賓 鳩山友紀夫(元総理大臣)
   呉江浩(駐日中国大使)
講演 浅井基文(元広島平和研究所所長)
   「バイデン・岸田対中対決政治は清算しなければならない」
各界からの発言
   古賀茂(政策アナリスト、元経済産業省官僚)
   奥谷禮子(人材派遣会ザ・アール創業者)、
   乗松聡子(ピース・フィロソフィー・センター代表)
   泉川友樹(沖縄大学地域研究所特別研究員)
   大野芳一(日中一帯一路促進会代表)
事前にメールでの申し込みが必要です。
murayamadanwa1995@ybb.ne.jp
定員(300名)に達し次第、申し込みを締め切ります。

花岡を訪ねて

藤村 妙子 日中労交事務局長

加害の歴史を心に刻んで

  秋田県大館市において開かれた「2023年6.30フォーラムin大館」(6月29日大館労働福祉会館)と「中国人殉難者慰霊式」(30日大館市花岡町十瀬野公園墓地)に、日中労交からは伊藤会長をはじめ6名が参加した。
 今年はコロナ禍で途絶えていた中国からのご遺族3名の他支援者3名と河北省紅十字会訪日団4名が4年ぶりに参加した。
 「フォーラム」では、主催者の川田現地実行委員長から「ロシアのウクライナ侵攻は、戦中の日本を想起させる。いつも犠牲になるのは民衆である。私たちは、日本の中国をはじめとするアジアへの侵略をしっかりととらえ返さなければいけない。この花岡の地で起きた中国人労働者への虐待・虐殺を決して忘れず加害の事実を直視することが大切である。」との開会のあいさつがあった。
 続いてご遺族へのインタビュー形式の証言があった。張徳健さんは、おじいさんの張根惠さんが日本に連れ去られてからの生活をおばあさんやお父さんから聞いた話を語った。「おじいさんがいなくなってからは、当時2歳だったお父さんとおばあさんだけでは暮らしていけず、おばあさんの実家や色々なところに渡り歩いて暮らした。おじいさんが残してくれた家も土地も奪われてしまった。おじいさんが花岡で亡くなったことを戦後知ったが、どのようにして亡くなったのかはよくわからない。侵略戦争の中で自分の家族のようにバラバラになり、苦しい生活を強いられた人はたくさんいる。子孫としては、日本政府は、中国人の尊厳を奪った歴史を心に刻み、正しい歴史観をもって伝えてほしい。」と語った。
 王竜旺さんは、「自分は父親の王世清が帰国してから生まれた。」「父親の親であるおじいさんが中国国内で日本に連れ去られ行方不明になってしまった。おじいさんを探すためにおばあさんはいろいろ苦労したが、具合が悪くなり亡くなってしまった。父親は生き延びて日本と戦いたいと国民党軍に参加したが、日本軍に捕まり捕虜となり、花岡に連れてこられた。ここで足を怪我してしまった。父親からは、満足に食事も与えられなかったことや1945年6月30日に決起したことを聞いた。中国に帰国してからも足が悪く力仕事ができなかったので、家族はとても苦労をした。花岡であったことは決して忘れてはいけない。日本政府に謝罪と賠償を望んでいる。」と語った。
中国人強制連行フォーラムin大館

死者の恨(ハン)・生者の恥辱(ツゥルゥ)

 次に花岡平和友好基金運営委員の林伯耀さんから基調講演があった。林さんは「死者の恨(ハン)をそのままにしているのは、生者の恥である」という中国の故事を題名とした。「中国人が人間らしく生きようとしたことが花岡の地では踏みにじられた。その後日本人と中国人が何十年もかけて行動してきたが、いまだに尊厳は回復されてはいない。」と語り始めた。日本側の頑迷な中国・朝鮮に対する排他的差別観と侵略戦争への無反省があること。とりわけ、鹿島側が「裁判所から勧告された金額を拠出し『花岡平和友好基金』の設立を含む和解条項に、合意いたしました。なお、本基金の拠出は、補償や賠償の性格を含むものではありません」というコメントを2000年11月29日に発したことに対する花岡事件生存者や遺族の落胆と怒についてのお話は真の和解とはなにかを考えさせられる内容だった。

今こそ日中友好を

 最後に、日本人団体からの活動報告として「中国人強制連行を考える会」から今回の訪日団の紹介と昨日浅草の運行寺で張徳健さんがおじいさんの位牌と対面したことや河北省紅十字会から書が贈られたことの報告があった。「日中労交」の伊藤会長からは、南京にある碑に「日本軍国主義の中国侵略を労働者人民の闘争によって阻止しえなかったこと」そして、今また同じ歴史が繰り返そうとしている。今こそ、日中の平和友好が大切なこと。そして、日中労交が発足する前に花岡にあった遺骨を中国へ返還する事業に協力していた」と発言した。また「ノーモア南京の会」の方から、「現在大分市内に弾薬庫が作られようとしている。反対の闘いへの支援を」との発言があった。
 場所をプラザ杉の子に移動して「6.30歓迎夕食会」が行われた。夕食会には、大館市福祉部長のあいさつがあり、石田寛秋田県議員が乾杯の音頭を行った。
 李政美(イ・ジョンミ)さんの歌声を聞きながら料理を堪能した。そこかしこで交流の輪が広がる友好の夕べだった。
李政美(イ・ジョンミ)さんの日中友好の歌声
熱烈歓迎 日中友好交流会

大館市主催の「中国人殉難者慰霊式」に参加

 6月30日は、時々強い雨が降る中で大館市主催の「中国人殉難者慰霊式」が十瀬野公園墓地にある「中国殉難烈士慰霊之碑」の前で開かれた。
主催者の福原大館市長は「人の自由や尊厳を奪い、傷つける心なき行為は決して許されることではない。恒久平和を実現するため事件を風化させず、悲惨な歴史を後世に語り継いでいくことが私たち大館市民の使命」と式辞を述べた。秋田県知事の慰霊の言葉を代読した。
 遺族を代表して張恩竜さんが、「先輩たちが鞭の下、残忍なる苦役に付された惨状を決して忘れない。圧迫に抗して1945年6月30日、決死的花岡暴動を起こしたことを忘れない。加害企業の鹿島との間で和解達成した。大館市民がコロナ禍でも厳粛な慰霊式典を続けてきたことを忘れない。血の教訓を忘れず平和を希求する。2021年3月24日大阪にて日本政府を提訴した。判決では「中国人労工の強制連行は日本政府の全面的参与による」としつつもわれらの要求は棄却された。われらは、最終的勝利を、この地に惨死した先輩たちに伝えたい。戦争反対は両国民の共通の願いである。歴史を心に刻み、中日代々の友好のためたゆまぬ努力を行う」と追悼の辞を述べた。
 この後献水と大館市議会議員や各界代表者の献花があった。私たちも、李政美さんの歌声と共に献花を行い、慰霊式を終えた。
中国人殉難者慰霊式の会場
中国殉難烈士慰霊之碑

フィールドワーク 花岡事件の実相に触れる

 小雨の降る中、足場が悪いなどの理由で「日中不再戦の碑」や「滝ノ沢暗渠跡」には行かれなかったし、中山寮跡もバスの中からの見学となってしまった。
 昼食は、共楽館跡地に建てられた体育館で食べた。この場所で3日3晩さらされた場所である。外にはこの事実を伝えるレリーフと碑が立っている。
 花岡平和記念館では、展示を見ながら案内の方から説明を受けた。「強制連行された中国人は日本全国で41,762人いた。中国国内の収容所で2,015人、船内で564人、国内の事業所に到着するまでに248人が死亡している。鹿島組花岡出張所へは1944年8月8日から三回に分けて986人いた。1945年6月30日までに渡航中死亡7人も含め137人が死亡している。6月30日の一斉蜂起後、拘束され飲まず食わずの状態で3日間共楽館の広場に晒され、共楽館内や警察署では取り調べや拷問が行われた。その結果、282人の計419人が死亡している。「殉難碑」には同和鉱山での死者10名も含めた549名が慰霊されている。」などが展示物を見ながら説明を聞いた。
 遺骨が中国に返還されるまで安置されていた「信正寺」では、「華人死没者追善供養塔」を見学した。鹿島は、火葬が大変だからと死体は穴を掘って埋めていた。1945年10月6日アメリカ占領軍にこのことが発見され、掘り出し焼いた後400余りの木箱に詰めて信正寺に安置した。その後も散乱する遺骨が「ひと鍬運動」などによって掘り出された。1949年に鹿島はコンクリート製の粗末な供養塔を立てた。鹿島は2000年の和解成立後、新しい供養塔を立てて古いものは撤去しようとしたが、生存者や遺族そして地元の人々の支援者などが反対し、両方ともこの地に置かれている。
 どの場所も、花岡事件の実相を伝えている。ぜひ来年も慰霊祭に参加して、この事実を多くの人たちに伝えていきたい。
花岡平和記念館
信正寺、「華人死没者追善供養塔」