日中労働者交流協会とは

1974当時のナショナルセンターであった総評の各単産と中華全国総工会との交流窓口として結成されました。初代会長は市川誠総評議長(当時)であり、主な活動は幹部間の交流と相互の意見交換でした。
連合結成と総評解散の流れの中で、当時同盟側は台湾(中華民国)との交流関係があったため双方とも連合に引き継がないということになりました。
そのため、本会は個人加盟に切り替えて、会の存続を図り、隔年の相互訪問団派遣や、「日本軍の毒ガス撤去」等のキャンペーンや日中友好団体との共催によるイベントを行ってきました。
なかでも、南京虐殺記念館との交流は、1985年に南京を訪れた市川会長が虐殺犠牲者の発掘作業に遭遇したことから始まります。同年8月15日の同館開館の際に出席を望みましたが南京市政府からは断られました。それでも、市川会長が南京まで赴いて出席を要請し、やっと許可されたというエピソードがあります。
歴代の会長は、市川誠(故人)、吉岡徳次(元全港湾委員長・故人)、元木末一(前全港湾委員長・現在)、歴代の事務局長は、兼田富太郎(元全港湾委員長・故人)、平坂春雄(元全港湾関西地方書記長)、前川武志(現在)です。
2009年12月13日に南京虐殺記念館において、市川誠会長の「反覇権・日中不再戦の誓い」の碑を建立し、除幕式を行いました。