1974当時のナショナルセンターであった総評の各単産と中華全国総工会との交流窓口として結成されました。初代会長は市川誠総評議長(当時)であり、主な活動は幹部間の交流と相互の意見交換でした。
連合結成と総評解散の流れの中で、当時同盟側は台湾(中華民国)との交流関係があったため双方とも連合に引き継がないということになりました。
そのため、本会は個人加盟に切り替えて、会の存続を図り、隔年の相互訪問団派遣や、「日本軍の毒ガス撤去」等のキャンペーンや日中友好団体との共催によるイベントを行ってきました。 <全文>

