日中平和友好条約締結40周年を記念して北京で行われた、「日中友好労働者シンポジウム」に初めて参加した。「日中友好労働者シンポジウム」も「中国職工対外交流センター」も「日中労働者交流協会」も初めて耳にする言葉ばかりであった。
今回の訪中は、いつもお世話になっているマエダさんから声をかけていただいたことからはじまる。中国の労働組合はおろか、日本の組合組織図なども正確に理解していないのに大丈夫かな…という不安もありながら……しかし、盧溝橋事件の記念館に行きたいためにはりきって参加。
中国人にとって日本や日本人についてリアルな声が聞けたら
わたしの中国のイメージは、厳かな漢詩の世界、またそこから見える圧倒的な力強さを持つ大自然、ラストエンペラー、パンダ…。中国共産党を頂点にまだ言論の自由がないと言われるなか、目覚ましい経済発展を遂げ人々は実に多様に生きているように見えた。テレビで見るニュースやドキュメンタリー番組を通し、行ったことのない中国という国や、親しくなったことのない中国の人を想った。
先の大戦のとき、わたしたち日本人が狼藉の限りを尽くし、現在も一部認識が改まらない人たちがヘイトスピーチを行ってしまう状況のなか、中国の人はわたしを、わたしたち日本人をどう見ているのかすごく気になっている。
中国の人にとって、日本や日本人はどういう存在なのか、リアルな声が聞けたらいいなと思った。
北京の街はとても興味深い。
眩いばかりのスタイリッシュな高層ビル群を見上げながら、ふと足元を見やるとこちらは時代を感じる2階建て外階段のアパートのような建物が互いに支え合うように並ぶ。共生というか混沌というか。しかし、ふだん日本の画一的な社会構造の中に収まっているわたしには、むしろそこにまだ見ぬ力を見たような気がした。日本でよく言われるように、独裁国家体制にあると聞くが、そこに生きる人たちというような印象は抱かなかった。みんな、快活で自由なエネルギーに溢れているように見えた。
中国労組の「4つの『化』」は非常に興味深い
シンポジウムに先立ち、1日目に中国職工対外交流センターを表敬訪問した。そこで語られた中国労組の「4つの『化』」は非常に興味深い。
10月に開かれる総工会の大会で以下の4つの「化」を取り除くことが決定される予定だとのことであった。
①娯楽化:これまでの総工会各組織の予算は文化やスポーツに関わる行事に費やされ、また活動の中心もそこにあったことを改め、労働者の権利を守る活動に移行するとのこと。
②貴族化:幹部の中の特権貴族のような振る舞いをなくし、一般の労働者の中に入り、労働者の声に耳を傾けるとのこと。
③行政化:行政のごとく、上から命令し、指示を出すような対応をなくすこと。
④官庁化:組合幹部が公務員の状況に近いのではないか。組合員から選ばれた幹部であり、労働者の中に入って活動するようにする、ということであった。
そのまま日本ではないか。最近、執行委員になったのでドキドキする。組合とはなんなのか、誰のためのものか。いま一度立ち止まり問い直すことが必要だと感じた。
盧溝橋抗日戦争記念館を訪れた
わたしの曽祖父は、職業軍人であった。戦争が終わったとき、「もう少しで大尉になれたのに」と言ったそうだ。家族も詳細はわからないそうだか、長らく南方にいたそうだ。誰も事実を知らないので、中国にもいたかもしれない。
盧溝橋抗日戦争記念館を訪れたとき、久しぶりに曽祖父のことを思い出した。もう亡くなって四半世紀ほど経つ。実家には、曽祖父が出征先で使用していたと思われる銀のお皿がある。裏に名前と階級が刃物で削って書かれてある。幼いころ、よく父親に言われた。「このお皿は、日本の戦争犯罪を見てきただろうね。お皿が話せればいいのにね」
親しい友人ができた。
中国職工対外交流センターのセキさん。彼女は、日本の大学院に留学経験があり、日本の総理大臣よりずっときれいな日本語を話す。流行りのメイクの話もできてよかった。セキさんが、ある晩の夕食時に話した。
「わたしは現代を生きる日本の人に、先の戦争の謝罪や補償を求めているわけではありません。ただ、侵略だった事実を、歴史を曲げないでほしいだけ」また笑いながらではあるが、続けた。「侵略だったと認めない人とは、友だちになれない、なりたくないと思う」 当然のことだと思う。
日本の現状は非常に厳しい。
歴史修正主義というような簡単な言葉で片付けられないほどに、修正後の歴史が現代を闊歩している。戦争反対であること、平和憲法を守りたいと思うことは偏った思想だと攻撃されるまでになっている。学校現場で先生がそんな発言をすれば、たちまち問題にされてしまう。そういえば総理大臣が憲法を守る気がないのだった。
セキさんと話すなかで、中国の人の多くは日本が好きだと聞いた。わたしには到底信じられなくて、何回もなぜかと聞いた。戦中のことや戦後のこのヘイトスピーチの蔓延などを見て、そんなことはあり得るのか、と。
確かに歴史への誤った認識の人は、少なからずいるが日本の文化的な部分、街並みやテレビ番組、女性のファッション、メイク、おしゃれなカフェ、また経済発展などの理由があがった。それらを目にした中国の人は、ほぼみんな日本を好きになるのだという。「わたしもああなりたい。あんな暮らしがしたい」と。複雑である。
中国の人が、日本の良い面をそれはそれとして評価してくれる。ありがたいと思う。しかし、わたしたちはそこにつけこんで、過去の戦争犯罪をうやむやにしようとしてはいまいか。中国の人がそう言ってくれるからこそ、わたしたちは自身に厳しく戦争の総括をすべきではないのか。
いつもの日本政府の「謝ったからもういいでしょう」という態度に憤りを覚える。中国の人に、「もういいよ」と万に1つ言ってもらえるとしても、日本側は言われる立場なので、間違っても言ってはいけないのに。コミュ力の低い残念な国です。
セキさんのように、今の日本と戦前の日本というように切り分けて考え、お付き合いしてくれる人はたくさんいるだろう。そんなセキさんの想いを踏みにじらないためにも、今自分になにができるかを問い直す旅になった。
情報を遮断しないで、自分の目でものごとの良し悪しが判断でき、おかしいことに声を上げられる社会にし、またこれらのことを日常にしていきたいと思う。