隣国すべてが友人になるために ―戦後70年、米戦略と安保法制、そして平和を考える― 内田雅敏

内田雅敏 弁護士

 1 戦後70年の光景

2014年7月1日、安倍政権は閣議決定による解釈改憲を行い、これまで憲法上許されないとしてきた集団的自衛権行使容認した。そして関連法案が国会で審議される前に、日米外務・防衛担当閣僚会議(2+2)において日米防衛協力に関する指針(ガイドライン)を策定した。閣議決定は立憲主義を無視した違憲なものであり、新ガイドラインの策定は、国会無視、立法権の侵害である。安保法制については、その内容の曖昧さが指摘されたにもかかわらず、本年7月16日、衆議院で強行採決がなされた。
2013年、安倍政権は、多くの国民の反対の声を押し切って特定秘密保護法を制定し、14年これを施行した。その他にも、国是であった武器輸出禁止原則を緩和し、防衛設備移転三原則を作成した。そして、英国、仏国、豪州らとミサイル、潜水艦などの共同研究、共同開発の協議を始めた。

 2 集団的自衛権行使容認を求め続けていたアーミテージリポート

2000年10月、後にブッシュ政権の国務副長官に就任したアーミテージ氏らによって、まとめられた日米同盟についての報告書「米国と日本…隣国すべてが友人となるために成熟したパートナーシップへ」は、日・米の関係は米・英と同じ関係になるべきだと説き、日本に集団的自衛権行使を容認し、柔軟な安全保障政策を採るよう求めた。同レポートを受けた2001年3月23日付自民党国防部会文書は集団的自衛権行使容認、秘密保護法の制定、武器禁輸原則の緩和の三点を主張している。10余年経過した今、アーミテージリポート通りの事態が進行していることが分かる。
安倍政権による安全保障政策の転換及び、日米新ガイドラインについて、デビット・シアー米国防次官補は15年4月29日朝日新聞において以下のように語っている。― 自衛隊の後方支援の活動範囲を朝鮮半島など、日本周辺に事実上限定していた「周辺事態」が削除されました。
「これは非常に意味のある変更です。これまで両国の協力を阻んでいた人工的な障害が取り除かれたので、日本はグローバルな福祉と安寧のために、これまでできなかったような貢献ができるようになります。世界がますます緊密につながり合う中、国の存在を脅かすような脅威は世界のどこからでも発生し得るのだと理解することが重要です。」
又、マイケル・アマコスト元米駐日大使も、15年6月23日朝日新聞において 「(安倍晋三首相の上下両院合同会議での演説について)素晴らしい演説でした。戦争で犠牲になった米国人に弔意を表し、第2次世界大戦で日本がアジアの苦しみを引き起こしたことを認めた。過去の首相たちの正式な謝罪を引き継いだものと私は思います。もっとも大切なことは、日米同盟のさらなる強化を望んでいるというメッセージを伝えたことで、今回の訪米の重要な要素でした」。「集団的自衛権の行使を閣議決定したことはとても評価しています。が、これは決して新しいことではありません。9・11同時多発テロを機に小泉政権によって特別措置法が作られ、米国のみならず他の同盟国へも洋上給油などの後方支援ができるようになった。これは同盟がバランスの取れたものになる先触れでした。日本はさらにグローバルに遠隔地で活動するようになると云う事です」と語っている。
安倍政権による集団的自衛権行使容認の黒幕は米国であり、その意を受けた外務省 ― 集団的自衛権行使容認により自衛隊を米国の求めるままに海外に派遣し、国連安保理の常任理事国入りを悲願とする ― の画策によるものであることが分かる。

 3 安保法制の合憲、違憲論争は決着がついた

安保法制(戦争法制)が違憲なことは憲法学者の大多数が指摘するとおりであり、また政府の主張する最高裁砂川大法廷判決(1959年12月)に依ることも出来ないことも明らかである。砂川裁判の争点は在日米軍が憲法第9条2項によって保持を禁じられた「戦力」に該当するか否かであって、集団的自衛権が許されるかどうかではなかった。これは法律家の常識である。

 4 集団的自衛権の対置によって日中関係は改善できるか

閣議決定による解釈改憲の違憲性を指摘され、最高裁の「権威」に縋すがろうとして失敗した安倍政権が、今、強調するのは中国の脅威である。確かに中国の海洋進出によるベトナム、フィリピンとの緊張の高まり、あるいは国内における人権弁護士の連行など、中国は様々な問題を抱えている。しかし、そんな中国に集団的自衛権行使容認、米軍との一体化を以って対処して、日中関係を改善できるだろうか。喜ぶのは中国の軍拡派と日本の軍需産業である。

 5 平和、反省、寛容

日中関係の改善を図るにはどうしたらよいか。キーワードは、平和、反省、寛容である

 (1) 平和、すなわち武力衝突は絶対に避ける手立てを講じることである。
後述するように、日中間には四つの基本文書がある。その内もっとも新しいのが2008年の戦略的互恵関係を推進するための日中共同声明(福田康夫・胡錦濤)である。同声明4 項は「双方は、互いに協力のパートナーであり、互いに脅威とならないことを確認した。双方は互いの平和的な発展を支持することを改めて表明し、
① 日本側は、中国の改革開放以来の発展が日本を含む国際社会に大きな好機をもたらしていることを積極的に評価し、
② 中国側は、日本が、戦後六〇年余り、平和国家としての歩みを堅持し、平和的手段によって世界の平和、安定に貢献してきていることを積極的に評価し、エールの交換をした。それからわずか7年、日中関係は激変した。2012年の石原都知事(当時)の挑発による尖閣諸島国有化問題、2013年12月の安倍首相による靖國神社参拝が原因である。石原や安倍の挑発に、《待ってました》とばかりに乗った中国の軍拡主義者の問題もある。尖閣での局地的な武力衝突を歓迎する軍事冒険者たちが日中にいる、米国も、日中に武力衝突に至らない程度に緊張関係があることが沖縄の米軍基地を維持するうえで好ましい。
(2) 反省 即ち過去の歴史に向き合うことである。
日中間には日中共同声明(1972年)、日中平和友好条約(78年)、日中共同宣言(98年)、 戦略的互恵関係を推進するための日中共同声明(2008年)の四つの基本文書がある。日中の関係改善を図るためには、この四つの基本文書、とりわけ根本たる日中共同声明の精神に立ち返るべきである。
同声明5項は「中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために日本国に対する戦争賠償請求の放棄を宣言する」としているが、これは前文の「日本側は過去において、日本国が戦争を通じて、中国国民に重大な損害を与えたことについての責任を痛感し、深く反省する」を受けてのものである。同6項は「紛争の平和的解決」を、同7項は、互いに覇権国家にならないという「反覇権主義」を謳っている。
(3) 寛容
欧州共同体(EU)の根幹をなすのは仏・独の和解である。歴史的に仏・独は、日・中以上に何度も戦争をくり返してきた。その仏・独が和解を成立させることが出来たのは、メルケル独首相が言うように仏の寛容な態度があった。仏の寛容を得るために独は真摯に歴史に向き合ってきた。2001年、独国防軍改革委員会報告書は「ドイツは歴史上初めて隣国すべてが友人となった」と記している。日本が中国、韓国らアジア諸国からの寛容を得るためには何を為すべきか。集団的自衛権行使容認をして、米軍と一体化することではないことは明らかである。

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― 本紹介 ―

内田雅敏 著
和解は可能か ―日本政府の歴史認識を問う

内田雅敏 著 和解は可能か ―日本政府の歴史認識を問う
内田雅敏 著 和解は可能か ―日本政府の歴史認識を問う

隣国との関係が停滞している基層には、日本政府の歴史認識がある。隣国との和解のためには、何が必要なのか。政府の歴史認識とは、どうあるべきなのか。そして、日本政府は何をしてはならないのか。中国人強制連行など多くの戦後補償裁判の現場で、被害者と加害者の和解を追い求めてきた経験から、戦後和解への道筋を提唱する。

■出版社: 岩波書店
■体裁= A5 判・並製・64 頁
■定価(本体 520 円 + 税)
■発行2015 年8 月4 日
■ ISBN978-4-00-270930-7 C0336内田雅敏 著 「和解は可能か」