JCLIF レポート

最近の珠江デルタ地域における労働運動の視察報告 (上)

高幣真公(日中労働情報フォーラム事務局次長)

近代的なビルが立ち並ぶ広州市


<中国南部の広州市は珠江デルタ地域の中心に位置し、改革開放の最先端の工業都市である>

 11月10日から17日まで中国広東省広州市にある中山(孫一仙)大学の労働問題国際共同センターの招きで15人の労働組合活動家、研究者、弁護士等と一緒に訪問した。目的は中国における最近の労働運動や日系資本の状態を視察し、日中労働者の連帯を発展させることであった。一週間という限られた期間であったが、研究者や元総工会幹部、労働NGOや、2010年の南海ホンダのストライキ以来前進した民主的な労組(工会)の自動車部品労組協議会(工連会)の若い指導者たちとの交流会も開かれた。そこに見たものは中国の改革開放の最先端を行く珠江デルタ地域における労働同運動の力強い前進であった。
 中国に出発する前、レイバーネットや日中労働情報フォーラムのサイトで中国の珠江デルタ地域を中心に頻発するストライキ(ASM(深圳市)と十和田電子廠(東カン市)等のニュースを見て広範な労働運動の発展を感じていたが、その闘いの現場を見ることを期待していた。そして、今回の旅で現実に見た中国労働者の実態や交流した人びとから聞いた話を私なりに以下に報告したい。

市の中心部に広がる世界最大の繊維街


<広州市の中心部に世界最大の繊維工業の町が広がっている>

深圳・労働NGO交流―

「三高」政策で企業が撤退・山猫ストと工会の実態

新幹線の深圳北駅


<深圳市の玄関・広深高速鉄道の深圳北駅>

 香港と接する深圳市は改革開放のモデル都市として発展した人口1,447万人の大都市である。外資を中心に発展し、農民工(出稼ぎ農民)が多数働く工業都市であり、近年多くの山猫ストが発生している。私たちは広州南駅から新幹線(広深港高速鉄道)に乗って約1時間で深圳北駅に降り、3班(中小零細工場、地元大企業、外資系企業)に分かれて地元NGOの案内で工場街を見学した。
 ある地元企業の工場は労働者が6,000人で、基本給1,600元(元=16.8円)、残業代込みで3,000元。女性のトイレ時間を3分に制限、仕事のノルマを強制されているという。私の行った中小零細工場街はメッキ工場が多い地域だった。立ち並ぶ大方の工場には塀の中に労働者の寮があり、そのベランダに洗濯物がたくさん干されていた。目的の工場は倒産していたが、周辺の工場は昼時で多くの労働者は町の食堂で食べていた。工場の壁に多数の求人広告が貼ってあり、書かれている賃金は1,600元と法定の最低賃金に近い。年齢条件は35歳までが大半であった。労働者の平均賃金は3,500元程と聞いているから、相当の残業をしないと暮らしていけない。若い農民工の流入が減って企業は求人に苦労している様子だ。

中小企業の工場の寮(深圳市の碧頭工業区)


<農民工が多いので工場内の寮が多い(深圳市の碧頭工業区)>

食事をする工場街の労働者(深圳市の碧頭工業区)


<工場街の食堂で昼食を取る労働者(深圳市の碧頭工業区)>

工場街に貼られた求人の広告ビラ


<[ビラの内容] 求人 男、10名、18-25歳、中卒以上、忍耐強く向上心があり、指示通り勤務できる者
女、30名、18-40歳、中卒以上、忍耐強く向上心があり、工場経験者優先
試用期間 基本給1650元/174時間、平均超過勤務14.22元/時間、週末超過勤務18.97元(試用期間後調整)夜勤:手当支給 10元/日 勤勉手当:80元/月 賞与:半年毎300元(毎月50元相当)*為替レート 1元=16.8円

 深圳市政府は「三高」政策を掲げ、3つの基準=労働集約型、エネルギー多消費、汚染物質が多い企業を追い出す政策を進めている。工場街に婦人科クリニックの広告が目立った。そこは女性労働者に堕胎を安価に行うという。深圳市の人口は1,000万人を超えるが、市民として登録されているのは4分の1で、残り4分の3が市民権のない農民工という。頻発するストライキはしばしば街頭に進出し、警官隊に阻止されるのはなぜかという質問に、ストライキを行った労働者たちが周囲にアッピールするためという答だった。
 エクスポージャーの後、深圳市で活動するNGOのメンバーたちと交流した。2008年に労働契約法ができて、労働者が空の契約書にサインさせられ、さまざまな不利な条件を余儀なくされている例や、最低賃金や労働保険など労働者の権利意識の向上が課題と語られた。日本で知らされていた深圳の迪威信家具用品会社の工場移転問題でのストライキと呉貴軍委員長の逮捕・長期拘留についても詳しく報告された。

何高潮(He Gaochao)労働問題国際共同センター教授

<何高潮(He Gaochao)労働問題国際共同センター教授>

 何高潮(He Gaochao)労働問題国際共同センター教授から工会について基本的な説明があった。工会(労組)は企業単位にあり、その上に省、市、鎮など地域毎に総工会がある。一般に工会は労働者の権利に直接かかわる問題で動かず、活動は福利厚生に限定されている。工会(組合)費は給料から天引きされるが、そのことは労働者に知らされていない。工会費の使い道も明らかにされない。そして、工会が存在しても最低賃金並みがざらにある。
2010年広州市の隣の仏山市で南海ホンダの労働者がストライキに立ちあがり、工会は暴力的に抑えようとしたが、労働者は跳ね返した。2013年深圳市で清掃労働者が工会に訴えたが、工会は自分たちの役目ではないと拒否した。しかし、自動車産業では2010年のホンダのストライキ以降、工会の民主化が進んでいる。その実態は後日自動車関連労組協議会(工連会)と交流して具体的に知った。

1,400万の人口を抱える大都市・深圳の遠景


<発展する巨大工業都市・深圳市>

孔祥鴻広東省総工会福会長

スト多発の原因は労働力不足と労働者の意識変化

孔祥鴻(Kong Xianghong 広東省総工会前副会長)氏


<孔祥鴻(Kong Xianghong 広東省総工会前副会長)氏>

 孔祥鴻(Kong Xianghong 広東省総工会前副会長)氏との会談が3日目に大学構内でもたれた。氏は広東省で2010年ホンダのストライキ以降、労働環境が一変したと述べた。ストライキが一般化して、広東省が全国一ストライキの多い地域になった。中でも日系企業でのストライキが目立つ。スト多発を以下のように分析した。
第一に労働市場の変化。以前は農村から労働者の供給が無制限であったが、今はそれが終わり、労働力不足に陥っている。低賃金で労働者を採用できなくなった。以前、労働者の月平均賃金は基本給1,500元、残業代込みで1,800元だったが、今はそのような低賃金で若い労働者を雇えない。そこで「一人っ子政策」の転換の声が出ている。広東省では毎年7%、約150万人の外省人(農民工)が減っている。企業は労働者を確保するために給与を上げざるをえない。そして、賃上げの90%がストライキの結果であるという。
 第二に、広東省政府は賃金等レベルの低い(労働集約型)企業に撤退を促している。米アップル製品の組み立てで有名な台湾資本のフォックスコン(富士康)も深圳から撤退し始めた。万余の企業が広東省から撤退している。移転先は中国の内陸部やタイやインドネシア等。留まる企業では労働者が賃上げを求めてストライキを行っている。2010年のホンダの賃金が残業代込みの平均1,800元だったが、現在3,500元に上がっている
 三番目の要因は、労働者の意識の変化である。昔の農民工は故郷の家族に仕送りするために必死に働いた。しかし、現在の労働者は金を貯めるのではなく、自分で使うために働く。また、学歴も高校や専門学校など専門教育も受け、平等や権利意識が高い。新しい世代は高い賃金と福利の要求が高く、個人の自由時間を大切にし、そのために積極的に行動する。第四に都市生活のコスト上昇。地価とマンション価格の高騰や生活費のインフレが労働者を襲っている。生活へのプレッシャーから給与上昇を求める。
 次に広東省でもとくに日系企業でストライキが多い理由が説明された。日本企業の給与体系は終身雇用をモデルにした年功序列で徐々に上がっていく。中国人は現在の給与の違いを重視し、賃金が少しでも高い企業にすぐ転職する。また急速なインフレに賃金体系が応じていない。ホンダは給与体系を中国人に合わせる改革をした結果、離職率が2008年のストライキ時の30%から現在1%へと急低下した。同時に生産効率も上昇した。
ホンダの2013年3月の賃金交渉でもストライキが突発した。交渉が折り合わない間に労働者が山猫ストに突入したのである。ストは1日で終わった。組合はストを指令しないが、ストが経営者へのプレッシャーとなり、交渉は妥結した。広東省ではこうしたトラブルを避けるために集団交渉条例の制定を検討しており、その策定のために何教授も諮問されている。

中山大学の南校舎構内


<研究室前で記念撮影:中山大学南部キャンパス>

陳偉光広州市総工会前副会長に聞く

工会の民主化が最大の課題

広州市総工会・労働運動歴史博物館

 


<労働歴史博物館がある広州市総工会の玄関>

 広州市は1922年第1回全国労働者大会が開かれた歴史的な場所だ。また、1927年に国民党指導者・孫文の死によって国共(国民党と共産党)合作が壊れ、国民党の武力弾圧に抗して労働者が反乱し広州コミューンを起こした都市でもある。それらを記念する労働歴史博物館がある広州市総工会の建物で、中国の最も民主的な総工会幹部と評される陳偉光(Chen Weiguang) 広州市総工会前会長から話を聞いた。

陳偉光(Chen Weiguang) 広州市総工会前会長

 


<陳偉光(Chen Weiguang) 広州市総工会前会長>

 広州市総工会は会員280万人、1万の基層(単位)工会で構成され、中間組織として地域別に区、街道、鎮総工会がある。組合員は工会法によって賃金の2%が工会費として徴収される。その内60%が企業工会に、残り40%が総工会に上納される。工会は共産党の委員会と総工会によって二重の系統で指導される。
広州市の自動車産業は重要な産業で海外企業との合弁が主流だ。中でも日本資本の比重が大きく、日本からの進出第1号が広州ホンダであった。2010年広州市の隣の仏山市でトランスミッションを作る南海ホンダで低賃金に抗議する労働者による山猫ストが発生した。当時の広州市の法定最低賃金は910元に対して南海ホンダの労働者の最も低い賃金は1,415元だった。労働者の不満は会社が儲かっているのに長く賃金が上がらず、経営側にその不満を伝えるすべがなかったからであった。工会は労働者の味方なのか、経営者の側か明確な立場ではなかった。だから労働者は工会に信頼を寄せていなかった。
 地元政府は適切な対応を取らず、工場に行ってストライキする労働者に仕事に戻るように説得しようとしたが、労働者から工会の弾圧と受け止められた。ストライキは19日間続き、広州ホンダの組み立てラインも10数日ストップして、損害は30億元以上に達した。これに対して事態を重視した広東省の共産党総書記が指導し、仲裁人を立てて厳しい交渉を行った結果、月610元の賃上げで妥結した。しかし、この南海ホンダのストライキの影響は大きく、広東省の自動車産業にとどまらず、天津市、大連市、江蘇省の大手自動車企業にも波及した。
 中でも広州市で影響がもっとも大きく、5月から7月の間に開発区の50社と南沙区の8社でストライキが起きた。市総工会は会社に対して何年も賃金が上がらない中で労働者のストライキは当然であり、積極的に対応するように通知した。また、関連する工会に対してストライキの労働者たちを含む交渉団を選出して交渉による解決を指示した。その結果、3ヶ月間に100社でストライキやサボタージュが発生したが、組合を通じた交渉で全て解決した。争議解決の後、企業は工会を以前よりも尊敬するようになり、労働者も工会を信頼するようになった。
 中国の法律ではストライキは禁止も許可もしていない。ストライキが発生すると、当局が首謀者を逮捕したり、解雇したりの弾圧を続けてきた。しかし、この南海ホンダから始まった一連のストライキの後、交渉を通じた解決が大勢となった。総工会の立場はそうだが、警察は労働者に違法行為があれば介入する可能性がある。私たち中国南部の労働組合は、ストライキを含む団体交渉権を法律的に保障することを求めている。そのために労使紛争が起こった際の交渉による解決を促進する条例制定を推進している。
 その条例は、紛争時に政労使の3者が認める仲裁人を選定して交渉を通じた解決を導くものである。現在条例案を作り、仲裁者のリストを作成中だ。広東省でも条例案が作られようとしているが、経営側の抵抗が強く、難航している。資本側の最大の抵抗は団体交渉権の承認である。広州市の自動車産業において日系企業が最も多い。こうした労働問題の前進のために今後日中の労働組合の交流の拡大を望んでいる。
 日本側から南海ホンダのストライキ時の工会の役割について質問した。スト発生時の工会は労働者の立場に立たず、労働者から信頼されなかったが、その後新しい執行部が選ばれ、民主的な工会に生まれ変わった。新しい執行部は毎年賃金と一時金の2回、現在まで8回の団体交渉が行い、その結果賃金が2倍になった。
 さらに日本側から組合役員の選挙の実態について質問した。陳氏は、「それは中国の労働組合改革の中心的な問題だ」と答えた。中国の労働組合の現状は民主主義が足りない。工会は民主集中制を掲げているが、それは本来意見をたくさん出して、その中の良い意見を皆で取り組むことだ。広州ホンダの新しい委員長が選ばれた時に組合員から1000件の意見が出た。その中から重要な意見を選び会社と交渉した。そういうことが民主集中制だ。ほとんどの組合で民主が少なく、集中だけが重んじられている。形だけ選挙の公示をして実際には指名で選ばれるのが実態だ。すべての組合員が民主的に組合役員を選ぶことが大事だ。
 現システムを支えている人たちは変更に抵抗している。欧米系企業では組合役員の直接選挙への移行はスムーズに進むが、香港資本や中国資本の企業では民主的な選挙に対する抵抗が強い。大きくは政府が生産を重視する立場から労働組合が活発化して生産がかく乱されることを嫌がっている。だから、労働組合の民主化は非常に困難な道だ。

広州市総工会で陳前副会長の話を聞く

<陳偉光 広州市総工会前会長との会談・広州市総工会会議室>

 <続き> 最近の珠江デルタ地域における労働運動の視察報告 (下)

<2013年 後半>

<2013年 前半>

<2012年>

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