藤村 妙子 (中労交事務局長 )
2020年7月18日の総会において外村教授の講演があった。語られた内容はこれからの国際連帯活動を考えるうえで大変示唆に富む内容だった。詳しくは、別紙当日外村教授から配布されたレジュメに是非目を通していただきたいが、ここでは感想も交えてレジュメの他に語られた内容について書いていきたい。
「和解」を研究する「和解学」の設立
東京大学で総合文化研究科において地域文化研究に取り組んでこられた外村教授は、「和解学」の創造を掲げる研究プロジェクトに参画しているとのことだ。「和解学」とは政治学、歴史学と哲学などの学際的な領域の研究テーマである。「歴史の歪曲」が起きる要因の多くは政治的な野心である。しかし、人々がその「歪曲された歴史」を受け入れているという中にあって、過去の過ちと向き合うとは何なのか、どうしたら被害者と加害者が和解する事ができるのかを様々な市民活動などと出会う中から考えてきた中で「和解学」の設立しようと思い至ったと外村教授は語った。私は、この「和解学」設立のプロジェクトに参加とようと経過をお聞きし、外村教授の研究室にこもっていないアクティブな研究の姿勢にとても感銘を受けた。
敗戦後から日本人が過去の過ちとどう向き合ってきたのかという経過が語られた。敗戦後すぐには余裕もなく、「アジアの諸民族批判を受け止めないままの民主化、戦争被害国や被支配国不在の講和」から出発した日本。この日本国民が1950年代になってようやく「日中、日朝の友好運動」が、遺骨の収集や奉還などから始められた。しかし、戦後日本の主力労働組合であった炭労の「田中委員長問題」それは「田中委員長は朝鮮人だ」という噂話が広がる中で労働組合に動揺が起き、田中委員長が辞職した問題に表れるように闘う労働者と言われた炭労の組合員も差別から自由ではなかった。私はこの話を聞きながらこの問題後あった戦後労働運動の最大闘争である三井三池闘争の過程で被差別部落民への差別意識を利用した会社側の分断工作があったことを思い出した。権力者は私たちの中にある差別意識を利用して、分断をして来ること。差別と向き合い被差別者との連帯は、労働運動の課題であることを改めて実感した。
「戦後処理」ではなく「和解」
村山自社さ内閣の重要政策課題としてあった「戦後処理」は、何らかの政策的処理によって、最終的に戦争に起因する問題を終わらせることができると、政府と人々は思い「村山談話」が発せられ、「アジア女性基金」が作られた。こうした「戦後処理」という考え方は、現在の安倍内閣にも貫かれている。しかし、戦争に起因する問題と真剣に取り組もうとした人たちは国の責任を問う中で自分たちは何をするのか、自分と自分に連なる人たちの過去や自分の周りの過去を問い直す葛藤が運動の中に生まれた。そして、21世紀に入るとそれは、一方的ではなく相互の作用、より深く、広がりを持ち、永続的にお互いが変化し関係をイメージさせる言葉として「和解」がキーワードとなったと1980年代以降の当時の状況が語られた。
講演の中で繰り返して語られた言葉に「被害当事者すべてが満足する『和解』はない。しかし、謝罪と人権救済にとどまらず、新たな歴史認識の共有、加害者の意識の変化、記憶の継承と相互尊重の維持を市民社会の中で広めていくことの必要性」という言葉に共感をもった。私は東京からの満蒙開拓団について調査・研究しているが、この研究の中で私たちが追及してきたこともまさにこのことだった。なぜ当時の日本人は開拓団になって行ったのか、それはどのような仕組みの中で行われたれたのかを調べていく中で、開拓団家族として渡満した人や青少年義勇軍だった人が「なんで自分たちは行ってしまったのか」という葛藤を史実を知ることによって再度とらえ返えしていることを実感した。そして、私たちの本を読み、学校や市民集会での講演を依頼してくる人々は、史実を後世や周りに伝えことを望んでいることを実感した。かつての誤りを指弾するだけではなく、丁寧に解きほぐしていくことが誤りを乗り越えるエネルギーとなって行くと思う。今回の講演を聞いてこうした行為は「和解」への道だったのかと改めて思った。
身近な所から歴史を見る視座
日本の多くの「伝統産業」と呼ばれているものの多くは朝鮮や中国から渡ってきた人たちからもたらせられたものである。切っても切れない関係のあるアジア諸国とどういう関係を今後作っていくのかは日本の未来にとって重要であると外村教授は強調した。私は、今日本は一部のエリートだけがグローバルな人間となることが求められ、一般大衆は「嫌韓・反中」というような差別と排外主義の中におかれているようなとても嫌な時代だと感じていたので、敗戦後からの私たちの歩を知ることによって落胆することなく活動を続けていこうと改めて思った。
最後に外村教授の「私、私たちの歴史を知るということは、自分や私たちは何者かということを知ることである。自分の歴史の他に地域の歴史や労働者の歴史もある。いろいろな多様な歴史を掘り起こし、学び、伝えあう中で反ファシズムに向けた運動や力が作られる」という言葉を胸に刻んでいきたい。
外村教授ありがとうございました。