王選さんが細菌戦被害者の草の根の闘いを語る  ―731部隊細菌戦の被害者との交流会(4/29)

 4月29日の午後、東京・なかのゼロで731部隊細菌戦裁判の元原告団代表の王選さんの報告会(主催:NPO法人731部隊・細菌戦資料センター)が開かれ、約40人が参加した。

王選さん(写真上)は1980年代に日本の筑波大学に留学していて流ちょうな日本語で報告した。彼女の父が浙江省崇山村に住んでいて日本軍の細菌戦によって13歳でペストに感染し殺され、彼女はその遺族として裁判の原告団長となった。1940~42年にかけて日本軍が中国の浙江省、湖南省などの多くの場所で散布して数万人の死者が出た。
1994年10月に浙江省義烏市の崇山村民が、旧日本軍による細菌戦被害に対する謝罪と賠償を求める連合訴状を北京の日本大使館に提出した。裁判は中国政府が被害者の救済に取り組まないなかで被害者たちの自主的な運動によって日本政府に対する罪の責任を認め、謝罪と被害者への保障を求めるものであった。その後、日本政府に対する裁判が1997年代に提訴され、東京地裁の第1審判決(2002年)、東京高裁の控訴審判決(2005年)が下され、そして最高裁で上告が2005年に棄却されている。1審、2審ともに日本軍が行った細菌戦がハーグ国際条約に違反するものであり、責任は重大だとしつつ、日本政府の謝罪と賠償の責任を否定した。

王さんは被害者と遺族の闘いは政府の支援がないばかりか、被害者が自主的に運動を行う組織の結成もNGOの登録を求めて民生局に団体申請を行う困難な活動が地道に続けられてきた。日本と中国の研究者やボランティアの理解と協力が広がることで、日本政府に対する訴訟にまでこぎつけることができた。彼女は被害者の救済に努力する中で社会的にも注目されて政治協商会議(日本の参議院のような議会)の代議員にもなった。しかし、政府は細菌戦被害者の救済に動かなかった。

王さんは政府以外の民間の自主的な社会・政治活動は現在の中国では非常に困難であることを訴えた。また、現在の若者たちは生活の身近な問題に関心があるが、日本軍の中国を侵略した歴史など政治や社会に関心が低いとも話した。政府が日本の歴史的な犯罪について批判することに一部を除いて若者の関心が低いことを指摘した。会場からの質問で文化大革命について今中国で自由に議論できるのか問うたのに対して、そのテーマを含めて多くの政治テーマが最も自由な言論の場であるインターネットにおいても禁止用語になっている実情を語った。

 もう一人のゲストの聶莉莉さん(ニエリリ 東京女子大学教授 写真左)は王選さんを紹介した。王さんは日本軍による細菌戦被害者たちの活動を草の根で組織する優れた協力者であり、自ら被害者とそれを支援した日本人の研究者・ボランティアの運動に自ら飛び込んでいった。被害者たちの協会をNPOとして認定させるために努力した。それは被害者たちの生命の尊厳を守りたいと思うからである。彼女は実践的知識人として中国の「100人の影響力持つ人物」にも選ばれている。今の中国社会は草の根の庶民とエリートの間、民衆と政府の間に断絶が広がっている。個人の利益と国家の利益が衝突する事例が多い。そういう中で王さんを含めて日中の草の根の協力が重要だと強調した。

旧日本軍の細菌戦による被害者たちの裁判の経過と現在の活動を通して中国社会の現状と日中間の民衆の協力がますます重要になっていることを感じる集会であった。

<報告・写真: 高幣真公>

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<参考>
◆ NPO法人731部隊・細菌戦資料センターに掲載された「第1審判決 不当判決 原告らの請求棄却 細菌戦の事実を認定」 http://www.anti731saikinsen.net/saiban/1shin/index.html

「731部隊は陸軍中央の指令に基づき、1940年の浙江省の衢州、寧波、1941年の湖南省の常徳に、ペスト菌を感染させたノミを空中散布し、1942年に浙江省江山でコレラ菌を井戸や食物に混入させる等して細菌戦を実施した。ペスト菌の伝播(でんぱ)で被害地は8カ所に増え、細菌戦での死者数も約1万人いる」と認定した。
さらに判決は、細菌戦が第2次世界大戦前に結ばれたハーグ条約などで禁止されていたと認定した。しかしながら、原告の請求(謝罪と賠償)に関しては全面的に棄却した。
一方判決は、法的な枠組みに従えば違法性はないとしながらも、「本件細菌戦被害者に対し我が国が何らかの補償等を検討するとなれば、我が国の国内法ないしは国内的措置によって対処することになると考えられるところ、何らかの対処をするかどうか、仮に何らかの対処をする場合にどのような内容の対処をするのかは、国会において、以上に説示したような事情等の様々な事情を前提に、高次の裁量により決すべき性格のものと解される。」と指摘し、政府の対応を求めている。

NPO法人731部隊・細菌戦資料センター
http://www.anti731saikinsen.net/index.html
連絡先:一瀬法律事務所 ℡03-3501-5558

◆ 聶莉莉さん(ニエリリ 東京女子大学教授)の近著
「『知識分子』の思想的転換 歴史の奔流に直面した人間の真実に迫る」風響社 本体5,000円+税