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「公文書を生かす 情報公開法成立20年」第5回 公的記録少ない満蒙開拓 市民活動が解明補う

会員の活動が毎日新聞に載りました。

 会員の藤村妙子さんが共同代表を務める「東京満蒙開拓団を知る会」の活動と、著書「東京満蒙開拓団」の内容紹介などが。毎日新聞の下記の記事に掲載されました。

「公文書を生かす 情報公開法成立20年」第5回 公的記録少ない満蒙開拓 市民活動が解明補う 

2019年8月26日毎日新聞朝刊

 1932(昭和7)年から推計約27万人が農業移民として中国東北部に送り出され、敗戦後の逃避行で約7万2000人の死者を出したとされる「満蒙開拓団」。寒村の救済策とのイメージでとらえられがちだが、東京発も全国9位の約1万1000人いた。

 どんな人たちが東京から大陸に渡ったのか、長らく実態は分からなかった。「東京府(都)の文書の中に開拓団の資料が残っていないからだ」。この問題に詳しい加藤聖文・国文学研究資料館准教授は解説する。「(開拓業務を所管した)拓務省がなくなると、戦後は外務省、農林水産省、厚生労働省などにばらばらに引き継がれ、文書が廃棄または所在不明になっていった。地方も同じような事情だったのだろう」

 例えば39年に作られた農業移民のための訓練施設「東京府拓務訓練所」(東京都日野市)と訓練を受けた人々について、公的にはどう記録されているのか。日野市郷土資料館で助言を受けた後、東京都公文書館(世田谷区)を訪ねると、いくつかの文書が見つかった。用地購入を巡る書類のほか、府(都)公報に設置や廃止の記載があった。それによると山林や畑を買収して開設。「訓練所規定」では、訓練生は定員100人で6カ月間、農業実習のほか、「皇道精神」や「農民道」を学び、教練や柔剣道をすることになっていた。訓練を受けた人々の姿が分

かる文書は見つからなかった。公文書からたどることに限りがある中で、東京発の開拓団の全体像をつかんだのは、東京都大田区でミニコミ誌「おおたジャーナル」を発行していた今井英男さん(2013年に死去)たちのグループだった。地元から開拓団が出ていたことに驚いて07年、調査を始めた。公文書館だけでなく、史料館、図書館などに通って新聞・雑誌の記述、民間の資料を収集したほか、生還者の証言を集めた。12年に書籍「東京満蒙開拓団」(ゆまに書房)にまとめた。

 この本を読むと、32年に恐慌による都市の生活困窮者が送り出されたのが始まりで、戦争が始まって職を失った中小の商工業者、最後は空襲で家を失った人々が集められたことが分かる。今井さんたちによると、東京府拓務訓練所は、ブラジルへの移民が頓挫して満州への大量移民が始まる時期に、初の府直営施設として誕生。移民送り出しに重要な役割を果たした。送られた人たちには、過酷な運命が待ち受けていたのだろう。

 後世にこうした事実を受け継ぐことはできるのか。「東京満蒙開拓団」の著者の一人、藤村妙子さん(65)と7月、日野市程久保の訓練所跡地を訪ねた。多摩都市モノレールの駅から坂を登って30分近く。福祉施設や養護学校に変わっていた。施設職員らに訓練所跡について尋ねたが「何もない」「分からない」と言われた。藤村さんは「ここに来ても訓練所のことが分からない。過去にあったことの表示をすべきだ」と話した。

 藤村さんは、大陸に渡った人、亡くなった人たちの氏名が一部しか伝えられていないことも気にかける。「正確な歴史を伝えることが悲劇を繰り返さないようにすることだ」と話す。

満蒙開拓団

 関東軍が1931年に満州事変を起こして作った中国東北部のかいらい国家「満州国」の支配を確立するため日本の国策で32~45年に送った農業移民団。敗戦後の逃避行で集団自決などがあったほか、残留孤児・婦人約1万1000人(推定)を出した。敗戦間際に軍に召集された人の多くは旧ソ連により抑留された。

中国職工対外交流センターとの懇談 訪中団あいさつ

2019年8月19日

中国職工対外交流センターとの懇談

訪中団あいさつ

伊藤彰信(日中労働者交流協会会長)

今回も私ども日中労働者交流協会訪中団を快く受け入れてくださり、ありがとうございます。昨年は、日中平和友好条約締結40周年にあたり、李克強首相の来日、安倍首相の訪中と、日中関係の改善がすすんだ年でした。当協会も貴センターとともに「日中友好労働者シンポジウム」を北京で開催し、日中労働者の相互理解を深め、友好交流をさらにすすめることができました。また、今年6月、侵華日軍南京大虐殺遇難同胞紀念館で「和平の旅」のインタビュー受けました。私どもにとっても南京紀念館との交流の歴史を振り返ることができました。

安倍政権は、昨年、国内では明治維新150年を記念する事業を行い、明治維新以来の日本を美化、正当化しようと企てました。1972年の日中共同声明の際に、周恩来首相は「両国は2000年の友好往来と文化交流」と述べるとともに「1894年から半世紀にわたる日本軍国主義の中国侵略」と述べています。今年は、南京に「日中不再戦の誓いの碑」を建てて10年にあたります。碑文は1931年からの15年間の日中戦争の反省について述べていますが、日清戦争については述べていません。今回は、明治以降の侵略の歴史を銘記するためにも、旅順を含めて東北地方(旧満州)を訪れることにしました。

最近、香港情勢が大きく報道されています。アメリカが中国へ貿易戦争を仕掛け、香港の一部の勢力を煽って中国政府を攻撃する政治問題に発展しています。

私は先日、全港湾の資料室に行って、天安門事件直後に当時の中華全国総工会国際連絡部の陳瑞華副部長が全港湾に送った手紙を読み直してきました。陳瑞華先生は「両組織間で培われてきた友情と信頼を大切にし、こうした友好関係を一段と実着、発展させるために共に努力したいと念願しています。とりわけ現在の新しい情勢の下では、中日両国労働組合の相互理解と友情をいっそう増進することは重要な意義をもっています。」と述べています。

今の私の気持ちは、陳瑞華先生の気持ちと全く同じです。当協会の会員の中には、香港情報を宣伝し、日中友好を損なう言動をとる者もいます。この間、私どもは、当協会の目的は日中友好の促進であること、友好とは相手を尊重し信頼するものであることを確認するとともに、日中友好を損なうことがないように対応し、情勢を見誤ることなく日中友好・交流を続けるための議論をしてきました。

米中貿易戦争が激化する中で、安倍は中国敵視政策を巧みに展開しながら南西諸島に自衛隊を配備し、また、韓国の徴用工問題の責任を認めず、ナショナリズムを醸成して、憲法改悪を図ろうとしています。日中友好交流は世界平和を築く上で益々重要になっていると思います。

昨年、「日中友好労働者シンポジウム」を開催して、日中労交としても自信をつけることができました。新しく日中労交に参加してくれた現場の労働者が報告を担ったことです。また、中華全国総工会の第17回大会の報告を聞いて、総工会の現在の活動を知ることができました。私どもが関心を持っていることは、労働組合改革が現場でどのように行われ、労働者と結びついた活動がどのように展開しているのか、いわば「大衆路線」の実践についてです。あまりにも企業主義になってしまった日本の労働組合を改革する視点をみいだせればと思っています。

シンポジウムのスローガンは「歴史を銘記し、未来に目を向け、友好交流を促進しよう」でした。日中労交は労働者の組織ですから、「 日中不再戦の誓い 」の精神を受け継ぎながら日本軍国主義の侵略遺跡を訪れること、日中平和友好条約の精神にもとづき冷戦後の平和な世界秩序を展望すること、グローバル時代、AI時代における日中労働者の友好・連帯を探ることなどの活動を通じて、日本の平和・護憲運動や労働運動に役立ちたいと考えています。そして、日中友好を若い人に伝えていきたいと思っています。

 日中労交は小さな組織ですが、貴センターとの友情を育み、相互理解を深め、平和と繁栄に役立つ友好・交流を続けたいと思っていますので、今後ともよろしくお願いします。

歓迎あいさつ 常品超(中国職工対外交流センター副秘書長)

皆様と北京でお会いできて誠に嬉しく思います。私は、中国職工対外交流センターを代表して皆様の来訪を熱烈に歓迎します。皆様は、歴史を尊重し、平和を愛する友好的な信念を持って中国を訪問されました。私たち中国労働組合の友達であり、また中国人民の友達でもあります。伊藤先生は私たち職工センターの老朋友です。今年の6月に南京大虐殺遇難同胞紀念館の招きに応じて、日中労交と南京紀念館の開館以来の交流の歴史のインパクトを語られたそうですが、貴協会と南京紀念館のホームページで見ました。私たちは、それを見て当時の貴重な歴史を振り返ることができ、また中日友好の基礎が民間であることを再確認することができました。本日はこの場をお借りして、日本の右翼と果敢に闘い、長期にわたり中日友好と世界平和に取り組んでこられた皆様に崇高の敬意を表したいと思います。

常品超副秘書長の顔写真
常品超副秘書長

中国労働組合の状況

ここで中国社会、中国労働組合の主な状況について紹介したいと思います。紹介を通じて中国に対する理解を深めることができれば嬉しいです。

 現在、中国で話題になっているホットな言葉があります。それは「初心を忘れず、使命を胸に刻む」です。これは実際に中国共産党が上から下まで展開している特別教育活動です。つまり、刃を自分に向けた革命です。中国共産党員の初心と使命は、中国人民の幸福そして中華民族の復興の実現です。中国共産党は設立して以来、初心と使命をしっかり守っています。そして人民の強固な支持を得ています。初心と使命を守ることによって、中国共産党は小さな党から世界で一番大きな党に成長しました。今年は新中国成立70周年にあたります。それは中国共産党が全国で政務を執ることが70周年になるということです。中国では古い言葉があります。「勇敢に生き、安楽に死す」です。

習近平総書記は「私たち共産党は世界第一の党であり、私たちを倒す敵はありません。私たちを倒すことができるのは私たちです。」と言いました。ですから、「初心を忘れず、使命を胸に刻む」という教育活動を展開することは、現在、共産党内部に存在する初心と使命に背く問題を見出して、すぐに直して、中国の特色ある社会主義が新時代に入った肝心な時期に、共産党全員が力と認識を合わせて、全人民を率いて美しい生活へのあこがれを実現するように活動することです。

 皆様はご存知のことと思いますが、中国の労働組合は、結成以来、中国共産党の指導の下に活動を展開し、党と労働者大衆を結びつける架け橋であり絆です。今回の特別教育活動の中で、中国労働組合は労働組合の特色に応じて以下の活動に取り組んでいます。

  労働者の合法的権益を擁護し、労働者に奉仕する

一番目の活動は、労働者の合法的権益を擁護し、労働者に奉仕するという労働組合の基本的職責を果たすことです。現在、各レベルの労働組合組織は、調査・研究を行って現場労働者が最も関心のある、最も差し迫った難しい問題を解決して、大きな成果を上げました。例えば、今話題の中米貿易摩擦、サプライサイドの構造改革、労働者権益の問題を重視して過剰生産能力の削減の過程における労働者の就職の道を確保して生活を保障します。

もうひとつは、都市部における困難ある労働者の貧困脱却です。過去3年間において、各レベルの労働組合は合わせて252万世帯の困難ある労働者を救助して貧困脱却を実現しました。そして、2020年までに中国の労働組合は、現在登録している困難ある労働者の全員の貧困脱却を実現する見込みです。

もうひとつは、例えば、出稼ぎ農民工、トラック運転手、じん肺症労働者などの特別グループに注目して、彼らが理性的に自分の要求に応えるように指導して、関連部門と協力して彼らの問題を解決するように努力しています。全国総工会と交通運輸部は共同で「運転手の家」を建設する活動をしました。「運転手の家」とは、運転手が集まっているところ、例えば高速道路のサービスエリア、貨物・物流の集散地、物流の作業基地などに運転手のためにつくられた休憩場所です。「運転手の家」で運転手は、お湯を飲んで、あったかいご飯を食べて、シャワーを浴びて、睡眠をとることもできます。現在「運転手の家」は全国で76箇所がオープンしてます。今年の年末までに100箇所オープンする見込みです。

産業労働者の技能レベルと待遇レベルを引き続き向上させる

二番目の活動は、産業労働者の技能レベルと待遇レベルを引き続き向上させることです。インターネット、人工知能などの新興産業の発展につれて、伝統的な産業に働く労働者が沢山の問題とチャレンジに直面しています。問題は、例えば、所帯地位の弱化、職業発展進路の狭さ、養成システムの不完備、待遇レベルの欠陥などです。これらの問題を解決するために、2017年4月に中国共産党中央と国務院は、新時期における産業労働者チームづくり改革法案を打ち出しました。中華全国総工会は、この改革法案を実施するにおいて先導的な役割を果たしています。この改革法案は、国レベルの法案ですが、実施の任務は労働組合に与えられました。それも、労働組合の地位の重要さを表していると思います。というのは、この改革法案を実施する任務は、政府の行政部門が入っていますが、これらの行政部門も総工会の指導のもとに実施しています。これから長い間、中国労働組合は改革法案の実施を重要な活動としています。この法案の実施にあたっては、産業労働者の発展の進路をさらに広げて、産業労働者の技能レベル、待遇レベルを向上させて、広大な知識型・技能型・都市型産業労働者待遇づくりに取り組んでいきます。

労働組合の改革をさらに深化して労働組合の活力を強化する

三番目の活動は、労働組合の改革をさらに深化して労働組合の活力を強化することです。伊藤先生は労働組合改革に関する興味が深いと聞いていますので、活動の状況について紹介したいと思います。実は2016年から中国労働組合は力と資源を末端組織に傾けて、末端組織の活力を強化する活動を始めました。現在この改革はある程度成果を上げましたが、また新しい状況と問題に直面しています。中国経済の発展のスピードが非常に早いので、状況もいつも変わってきます。経済の発展の状況に合わせて、今後主に三つの活動に取り組んでいきたいと考えています。

民間企業、配達者(出前持ち)、トラック運転手などのいわゆる非正規労働者の組織化活動に取り組みます。皆様は労働組合の専門家ですので、非正規労働者の組織化が非常に難しい課題であることはご存知だと思います。大手企業労働者の組織化よりは、非正規労働者を既存のグループに加入させることは非常に難しいです。ですので、中国労働組合は力と資源を使ってこれらの労働者を組織するために非常に努力しています。

労働組合の組織率を高める

次に労働組合の組織率を高めるための活動です。労働組合を運営するには三つの条件が必要です。組織、組織のスタッフ・幹部、活動の場所です。全国で、労働組合の組織化、幹部の育成、活動の場所を積極的につくっています。例えば、労働組合の上部組織のスタッフの人数を減らして末端組織のスタッフを増やす。労働組合の会費を末端組織にもっと多く振り分ける。このようにして、末端組織に人手と資金を保障することができます。

インターネットプラスを利用して快適で普遍的なサービスを

もうひとつの活動は、インターネットプラスを利用して労働者にさらなる快適で普遍的なサービスを提供することです。中国労働組合の末端組織は、それぞれ数多くのアプリをつくって、アプリを利用して労働者にサービスを提供しています。会員の利用者は、アプリを通じて、まず労働組合を理解することができます。そして、労働組合から救助、サービスを受けることができます。ひとつ例を上げると、トラック運転手向けにアプリを利用してガソリン代の割引ができます。労働組合はガソリン会社と交渉して、一番多い割引は2割引き、年間で利用者はガソリン代を2万元節約することができます。このアプリによってトラック運転手の収入を月1000元ほど増やすことができました。

以上、中国の労働組合の状況について紹介しました。

皆様は、遠路はるばるいらっしゃった、労働組合の専門家でもありますし、中日友好の民間大使でもあります。現在の中日関係の全体的な勢いは良いです。8月10日に7年ぶりに副部長(次官級)クラスの戦略対話を再びスタートさせました。中日両国の副部長は、大阪で行われた中日首脳会談で達成した重要な書式を徹底して新時代のニーズに合わせる中日関係の構築に努力することを確認しました。皆様が今従事されている仕事は、非常に必要で非常に有意義だと思います。

貴協会に対してふたつの希望

ここで、貴協会に対してふたつの希望を述べさせていただきたいと思います。

まずは、皆様に正義の声を益々広めていただきたい。もっと多くの日本の大衆に本当の歴史を理解して、とくに若い人に正しい歴史観を確立していただきたいです。そして、もっと多くの日本の方々、とくに若い人を中国に連れてきていただいて、中日友好の種を撒くことを期待しています。

二番目は、皆様のホームページで中国労働運動に関するポジティブな報道をもっと多く宣伝していただきたいです。現在はとても怪しいことがあると思います。国外のメディアは中国労働組合に起きているホットな話題に対して報道は多くしていますが、その中で多くの報道は一方的で事実を歪曲する報道です。中国労働運動のこの数年間の成果については無視しています。

貴協会の皆様は労働分野の専門家です。我々両組織は、中日両国の労働組合、そして労働分野における共同の課題に対する研究と検討を強化することができると信じています。その上で中国労働組合のホットな話題にたいする全面的そして事実にあった報道をもっと宣伝していただきたいと思います。

伊藤先生、皆様に、私たちのアドバイスをぜひ検討してもらいたいと思います。

最後になりますが、皆様の今回の訪問が所期の目的を達成し、皆様の滞在中の健康と楽しい旅をお祈りします。

日本の中国侵略50年を見つめて ~北京、哈爾浜、瀋陽、撫順、大連、旅順を訪問~

伊藤彰信(訪中団団長)

第6次「日中不再戦の誓いの旅」

日本の中国侵略50年を見つめて

~北京、哈爾浜、瀋陽、撫順、大連、旅順を訪問~

 日中労交の第6次「日中不再戦の誓いの旅」は、8月19日に出発し、北京、哈爾浜、瀋陽、撫順、大連、旅順を訪問して、25日に帰国しました。「日中不再戦の誓いの旅」としては、2度目の旧満州訪問ですが、今回初めて旅順を訪れました。

訪中団は、団長=伊藤彰信(日中労交会長、元全港湾委員長)、秘書長=藤村妙子(日中労交事務局長、東京の満蒙開拓団を知る会共同代表)、団員=津和崇(ユニオンネットお互いさま特別執行委員)、町田貞一(東京東部労組ディベンロイ労組支部委員長)、池田和則(西日本NTT関連労働組合執行委員)の5名です。全員60歳以上の高齢者の団であったことは残念でしたが、元気に交流、見学の日程を消化してきました。

中国でテレビを見ていると、今年10月1日の中国建国70周年に向けたキャンペーン、ゴミの分別や交通マナーの宣伝などが目に留まりました。

 以下、旅の経過と概要を簡単に報告します。

<北京>

 8月19日、訪中団は、東京・羽田から、また関西空港から北京に着きました。空港には、中国職工対外交流センター技術交流部の李明亮さんが出迎えてくれました。空港で昼食をとったあと、ホテルの職工の家に移動し、中国職工対外交流センターの常品超副秘書長らと懇談しました。

 常副秘書長は「歴史を尊重し平和を愛する友好的信念を持って訪中された皆様を歓迎します」と述べ、現在展開されている「初心を忘れず、使命を胸に刻む」の特別教育活動について、また、中国労働組合の活動として、労働者の合法的権益を擁護し労働者に奉仕する活動、産業労働者の技能レベルと待遇レベルの向上させる活動、労働組合改革を深化して労働組合の活力を強化する活動について説明しました。そして、日中労交への希望として、正しい歴史を広め、多くの人、とくに若い人を中国に連れてきて日中友好の種を撒いてほしい、ホームページで中国労働運動に関するポジティブな報道をもっと多く宣伝してほしいと要望しました。

 伊藤団長は「周恩来首相の『1894年からの半世紀にわたる日本軍国主義の中国侵略』という指摘を学ぶべく、旅順を含めて東北地方(旧満州)を訪れることにした」と述べたあと、香港情勢に触れ「会員の中には日中友好を損なう言動をとる者もいるが、日中労交の目的は、日中友好の促進であること、友好とは相手を尊重し信頼するものであることを確認し、日中友好交流を続けるための議論をしている」と報告しました。そして「米中貿易戦争が激化する中で、日中友好交流は世界平和を築く上で益々重要になっている。中国の労働組合改革の実践から日本の労働組合を改革する視点を見出したいし、グローバル時代、AI時代における日中労働者の友好・連帯を探っていきたい」と述べました。

中国職工対外交流センターの歓迎夕食会(北京)
中国職工対外交流センター主催の歓迎夕食会(北京)

 歓迎夕食会には、中国職工対外交流センターの彭勇秘書長も出席されました。伊藤団長が「日米貿易摩擦で、為替にしろ、関税にしろ、米国の主張を受け入れたことから『失われた30年』が始まり、日本の労働者の賃金が下がってしまった」と話題を提供し、話が弾みました。

<哈爾浜>

 20日は朝早くホテルを出発し、空路で哈爾浜に向かいました。哈爾濱までの飛行時間は2時間です。ホテルに着いて昼食後、郊外の侵華日軍第731部隊罪証陳列館を見学しました。その後、スターリン公園から松花江を眺め、中央大街を散歩しました。

細菌を川に撒く日本軍(哈爾浜の731陳列館)
細菌を川に撒く日本軍(哈爾浜の731陳列館)

陳列館は1985年に開館し、2015年に新しい陳列館がオープンしました。陳列館の展示は、細菌研究基地の建設、細菌戦部隊の設立、特別移送扱い、細菌研究の実験と生産、細菌戦の実施、731部隊の逃走、細菌戦犯罪者の裁判と系統的に展示されています。731部隊は約3000人の「マルタ」を虐殺しましたが、敗戦を目前にした撤退時に生き残っていたすべての「マルタ」を殺し、建物を破壊して証拠隠滅を図りました。罪証陳列館に多くの遺品が展示されていました。また、本部、研究棟、生物飼育場、農場、飛行場、鉄道駅、宿舎、運動場、小学校まであり、広大な敷地を占めていました。

夜は、黒竜江省総工会の韓嘉彬常務副主席による夕食会がありました。

<瀋陽>

 21日、高鉄(新幹線)で瀋陽に移動しました。高鉄は時速300キロ、2時間30分で瀋陽に着きました。午後から9・18事変陳列館を見学しました。1931年9月18日、柳条湖において鉄道爆破した関東軍は、これを中国軍の仕業と偽り、一気に遼寧省、吉林省、黒竜江省を占領しました。いわゆる満州事変です。その経過が描かれ、日本の侵略に抵抗して闘った抗日軍民の様子が展示されています。

遼寧省総工会の楊忠林主席(右)
遼寧省総工会の楊忠林主席(右)

 夜は、遼寧省総工会の楊忠林主席の歓迎宴がありました。

<撫順>

 22日は、瀋陽から1時間ほどの撫順を訪れました。撫順は、巨大な露天掘り炭鉱があり、石炭の町として有名です。午前は撫順戦犯収容所を、午後は平頂山惨案遺址紀念館を見学しました。

 撫順戦犯収容所は、日本人戦犯約1000人が収容され、教育、坦白、認罪という思想改造が行われたところです。食事、健康にも配慮した生活が行われ、戦犯は処刑されることなく日本に帰国しました。満州国皇帝であった溥儀も収容されていたところです。

 平頂山惨案遺址紀念館は、1932年9月16日、日本守備隊や警察は、抗日軍が日本人を襲撃したことに対する仕返しとして、平頂山村の住民約3000人を野原に集めて射殺し、遺体にガソリンをかけて燃やし、山を爆破して埋めるという虐殺事件の現場に建てられた記念館です。遺骨館には発掘された遺骨がそのままの姿で横たわっていました。折り重なるようになった遺骨には、子供や赤ん坊、妊婦の遺骨もあり、脇にある黒くなった坑木やガソリン缶が惨状をリアルに伝えていました。

<大連>

 23日は、瀋陽から高鉄(新幹線)で2時間ほどかけて大連に移動しました。高鉄は上野駅を模して造られた大連駅まで延伸していました。

大連市総工会の超宏副主席が昼食会を開いてくださいました。

大連現代博物館の展示
大連現代博物館の展示

そのご、大連現代博物館を見学しました。アヘン戦争以後、遼東半島は、渤海の防衛拠点として重要な位置を持ち、清が旅順を開発、日清戦争で日本が旅順を占領、「三国干渉」でロシアが哈爾浜から旅順までの鉄道敷設権を得て大連を開発、日露戦争で日本統治へと目まぐるしく変わります。日本軍国主義の残虐行為を展示するだけでなく、大連の歴史を民衆の視点から「多元文化の交流と融合」と見る博物館の捉え方に敬服しました。近くの星海広場を散策し、景勝地の老虎灘をドライブしてホテルに戻りました。

<旅順>

万忠墓記念館の入り口
万忠墓記念館の入り口

 24日は大連から1時間ほど離れた旅順を訪れました。現在は大連市の行政区だそうです。1894年11月21日に旅順を占領した日本軍は、4日間にわたって民間人を含めて約2万人を虐殺しました。その犠牲者を祭った墓が萬忠墓です。萬忠墓紀念館は、日清戦争の経過と虐殺の様子、その報道、萬忠墓の建立経過が展示されています。日本の中国侵略は、当初から虐殺を伴っていたことが分かりました。なぜここまで残忍なことができるのか? 差別意識とナショナリズムの恐ろしさを改めて考えさせられました。

 昼食後、旅順港を一望できる白玉山に上がりました。大連に戻り、ショッピングをし、ロシア人街を散策しました。

 翌25日、大連から成田に、関西空港に戻ってきました。通訳として全行程を同行してくださった李明亮さんには大変お世話になりました。

 * 掲載写真は、津和崇さんと伊藤彰信が撮影

「人民網日本語版」2019年8月前半 抜粋(2019/8/16)

<20> 「人民網日本語版」2019年08月15日
中国人の貯金への情熱は失せたか?お金を何に使っている?
子供にどのようにお金を貯めるかを教えることが、多くの中国人にとって重要な家庭教育だ。しかし、統計によると、中国人の貯金への情熱は今、少しずつ失せてきたようだ。中国人民銀行(中央銀行)がこのほど発表した「2019年消費者金融素養調査簡略報告」によると、消費や貯蓄に対する姿勢について調査したところ、大半の回答者(79.03%)が、「今日手元にあるお金は今日全部使い、明日のことは明日考える」という見方に、「あまり賛成できない」、または、「全く賛成できない」と答えたものの、2017 年と比べると、消費者の「延期消費」という考え方はやや少なくなり、「あまり賛成できない」、または「全く賛成できない」の割合は0.37ポイント低下した。

<19> 「人民網日本語版」2019年08月15日
南京で抗日戦争勝利74周年を記念し国旗掲揚式 南京大虐殺犠牲者を追悼
江蘇省南京市の中国侵略日本軍南京大虐殺遭難同胞紀念館で8月15日午前8時、国旗掲揚式が厳かに行われ、中国人民抗日戦争ならびに世界反ファシズム戦争勝利74周年を記念し、南京大虐殺で犠牲となった30万人の同胞を追悼した。国旗掲揚式には南京各界の代表ら百人近くが参加した。1945年8月15日、日本の裕仁天皇が「終戦の詔書」をラジオ放送で朗読し、世界に「日本の無条件降伏」を宣言した。2019年は中国人民抗日戦争ならびに世界反ファシスト戦争勝利74周年、南京大虐殺82周年に当たり、また「中日平和友好条約」締結41周年に当たっている。

<18>  「人民網日本語版」2019年08月14日
香港空港のデモ隊、中国大陸部の記者に暴行
「環球時報」傘下の環球網の付国豪記者が13日、香港空港でデモ参加者によって違法に拘束され、殴打されるという事件が起こった。香港警察が14日早朝に発表した声明によると、13日夜から14日未明にかけて、大量のデモ参加者が香港国際空港で違法に集結し、旅客1人および記者1人を拘束、罵倒し、さらには殴打した。香港警察は、「この記者は、多数のデモ参加者から荒々しく扱われ、縄で縛られ、殴打された。記者は一時、気を失った」としている。現場で撮影された動画には、暴徒によって手足を縛られた記者が、「私は香港警察を支持する!」と叫んでいる様子が写っていた。警察は、2人の被害者を治療のため病院2ヶ所にそれぞれ搬送した。警察は、今回の事件で、違法集結、凶器の隠匿携帯、警察襲撃、社会秩序の破壊の疑いで5人の男を逮捕した。なお、警察官2人が負傷した。今回の事件について、空港警察管轄区刑事部による調査が進められている。

続きを読む 「人民網日本語版」2019年8月前半 抜粋(2019/8/16)

「人民網日本語版」2019年7月後半 抜粋(2019/8/1)

<20>  「人民網日本語版」2019年07月31日
2022年までに新疆の鉄道距離8千キロ以上、民用空港30ヶ所以上に
中国国務院新聞弁公室は30日、記者会見を行い、新疆維吾爾(ウイグル)自治区共産党委員会常務委員で自治区常務副主席の張春林氏が、「2022年までに新疆鉄道の距離は8千キロを突破し、民用空港総数は30ヶ所に達する」との見通しを示した。2014年、新疆はシルクロード経済ベルトの核心エリアに指定された。2014年以降、新疆では西方向行きの列車が累計で2451本運行され、運行本数は年平均100%のペースで増加し、中央アジア・欧州19ヶ国26都市とつながった。新疆と周辺5ヶ国との間には国際輸送道路111本が開通し、中国からキルギス共和国、ウズベキスタンを結ぶ道路が常態化を実現した。

<19> 「人民網日本語版」2019年07月31日
8月1日から中国大陸部住民による台湾地区への個人旅行が一時停止に
中国の文化・観光部(省)は31日、公式サイトで海峡両岸観光交流協会の台湾地区観光に関する公告を発表した。公告では現在の両岸関係を鑑み、2019年8月1日から中国大陸部の47の都市の住民が個人旅行で台湾地区を訪れることを一時的に停止することを決定したとしている。中国大陸部は台湾地区への個人旅行を2011年より解禁しており、現在までに北京や天津、上海、厦門(アモイ)などを含む全部で47の都市の住民が個人旅行で台湾地区を訪れることが可能だった。

<18> 「人民網日本語版」2019年07月31日
イランが中国公民に対するビザ免除政策実施
中国在イラン大使館は30日、イランが中国公民に対する入国ビザの一方的免除政策を実施したことを確認したと発表した。中国在イラン大使館はイラン政府筋の情報を引用する形で、「2019年7月16日から、中華人民共和国普通旅券所持者、中華人民共和国香港特別行政区旅券所持者、澳門(マカオ)特別行政区旅券所持者のイランへの観光・商用訪問に対して入国ビザを免除し、入国後の滞在可能期間は毎回21日間とする」と伝えた。イラン・イスラム共和国の旅券所持者が中国に渡航する際には、依然として中国在イラン大使館でビザ手続きが必要となる。

続きを読む 「人民網日本語版」2019年7月後半 抜粋(2019/8/1)