父との10年の対話のあと 父は「従軍日記」を子に託した 父の戦争をともに背負う   

南京大虐殺から85年 2022年東京証言集会 

 12月10日、東京の全水道会館で表記の集会が開かれ。オンライン含め70名が参加した。1937年12月の南京大虐殺を記憶するために毎年開かれている集会であるが、今年は南京侵略戦争に一兵士として参加した熊本県の農民(武藤秋一さん)の息子(田中信幸さん)が証言した。父は中国で何をしたのかは下の経歴におおよそ書いている。そして息子がその具体的な体験を父から聞き出し、父が戦場で書いた従軍日記を公開させ、証言させたいきさつを語った。
 田中さんは私より8歳若い71歳ですが、全共闘世代で沖縄返還闘争に参加して逮捕された経歴は私と近いので親近感を持って率直は語り口を聞いた。日本人の間にこういう例はたくさんあると思うが、このように率直に語り、証言した例は非常に少ない。だから貴重な例だと思う。
 田中さんが父の戦争責任を追及すると、父はそれを認めたら自分の人生の意義が無くなってしまうと強く抵抗したという。田中さんは時間をかけて(10年間)説得して真実を語り、反省を迫るまでの親子の対話は非常に感動させられた。また、意外なことに父が青年時代にプロレタリア文学にかぶれていたことを知る。当時はそういう左翼青年も圧倒した軍国主義の大きな流れに人々は飲み込まれていった悲しさを痛感した。
 そして、田中さんはこの戦争の悲劇を何世代も忘れさせないために戦争の体験を語り継ぐことの重要性を語った。それが彼が今も教科書問題にかかわる根拠になっている。

 <報告・写真:高幣真公>

集会名:南京大虐殺から85年―2022年東京証言集会 
父との10年の対話のあと 父は「従軍日記」を子に託した 父の戦争をともに背負う   

講演:田中信幸さん
(教科書ネットくまもと事務局長/『一道背負』著者)父の戦争責任を一緒に背負って 

主催:ノーモア南京の会

父:武藤秋一さん:

1915年 熊本県生  1935年、陸軍第6師団歩兵第13連隊( 熊本)入隊
1937年 7月 27日 北九州から朝鮮半島を経て中国戦線へ。歩兵第13連隊第9中隊(伍長)
この日から、1938年7月4日 まで「従軍日記」をつける。
1937年 9月2日「便衣隊首切りに行く。/わが分隊は皆一剣ずつ突いた。」
       ( 9 月 9日まで、ショックで日記がかけなくなる)
1937年12 月 13日 南京攻略戦に参加。3日間滞在後蕪湖へ移動。慰安所に通う。  
1938年6月、徐州戦の途中で負傷し、帰国。
1941年二度目の招集で  ハイラルでソ満国境警備、
1944年秋三度目の招集で「ボルネオ派遣軍」として南方へ。
 マニラで敗走、米軍捕虜となる。
1946年8月帰国
 (「日記」は1ページが検閲で切り取られている)

子:田中信幸さん

1951年 熊本県生
1972年 沖縄返還反対闘争で逮捕起訴され その後、獄中から父への手紙を書き、
その後10年にわたる対話。1995年父から「従軍日記」「手紙」を渡される。「父の日記」「慰安所」の記録などで韓国、中国との交流。
2014年 3.1節で韓国MBC『父の日記』 放映。2015年人民日報社から『一道背負-日本人父子的侵華戦争責任対話』出版。
教科書ネットくまもと事務局長。部落解放運動、市民運動に参加


 <参考文献>
 「東史郎日記と私」任世金 著
  田中宏 監訳 ノーモア南京の会 刊 2300円