7月5日に行われた長崎・中国人原爆犠牲者追悼式に参加するため、長崎を訪れました。今回、日中労交から、東京2名、福岡1名、長崎1名の4名が参加しました。
追悼式には高校生平和大使のメンバー10人が参加し、全体で30名ほどが参加しました。中国人原爆犠牲者追悼碑の管理委員会を代表して平野伸人さんが「追悼とともに歴史を忘れず、平和を未来につないでいくことが大切」とあいさつしました。
在長崎中国総領事館の劉季宇副領事は「歴史の真実を守り、新型軍国主義の台頭を防いでほしい」とあいさつしました。日中労交の伊藤代表が「日中労交は、日本軍国主義の中国侵略戦争を労働者人民の闘争によって阻止し得なかったことを反省し、日中両国民の和解と友好を育む民間交流を続けていく」と述べました。高校生がひとりひとりあいさつし「中国や韓国など様々な国の人が被爆したことを多くの人に伝えたい」と述べました。11時2分に黙とうし、追悼式を終わりました。
長崎では、強制連行された中国人のうち32名が長崎刑務所浦上支所(現平和公園)に収容され、全員が原爆で爆死しました。毎年7月7日前後に追悼式が行われています。
日中労交は、今回はじめて長崎フィールドワークを行いました。7月4日は、軍艦島デジタルミュージアムと長崎原爆資料館を見学、5日は、追悼式のあと長崎人権平和資料館を見学しました。中国人や韓国人の強制連行や南京大虐殺について、それぞれの資料館でどのように表記されているかを確かめるのが目的です。「明治日本の産業革命遺産」である軍艦島については、強制連行の表記はありませんでした。
原爆資料館では、年表に「南京大虐殺」の表記があるのですが、表現が変えられようとしています。長崎人権平和資料館は、朝鮮人・中国人強制連行と被爆について展示されています。南京大虐殺の展示もあります。私たちが見学していた時、長崎大学の学生が見学に来ていました。朝鮮の植民地支配、中国への侵略戦争の帰結が、長崎への原爆投下になるわけですが、核廃絶に向けてどう若い人に伝えていくのか考えさせられるフィールドツアーでした。



