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「満蒙開拓」欺かれし阿智村の悲劇

高橋恒美(フリージャーナリスト)

■阿智(あち)村にある「満蒙開拓平和記念館」を見学した。
 館内は戦争の悲劇に満ち満ちていた。阿智村は恵那山の東、岐阜県と隣接する長野県の村で、満蒙開拓に大量190人を送り込んだ。そして帰国できたのは、わずか47 人という辛酸をなめた村だ。

満蒙開拓平和記念館

 先の戦争を知らない若者には、そのイロハから説明する必要があるだろう。昔、映画「ラストエンペラー」で知られる「満州国」という国があった。日本軍が中国大陸を侵略し、1931 年(昭6)、内モンゴル(蒙古)に隣接する東北部に、でっち上げた傀儡(かいらい)国だ。そのエンペラーは溥儀(ふぎ)皇帝。もちろん、世界から大きな非難が起きた。
 日本政府は「満州へ行けば広大な農地がもらえる」と、宣伝して全国から開拓民を募った。その名も「満州農業移民100 万戸移住計画」。侵略の手先として国民を騙したわけだ。
 寒村の阿智村が、これに応じて村を挙げて「満蒙開拓団」を結成したのは、無理からぬ事態だった。他県の成功が報じられ、村のお偉いさんの「お国のために、ぜひ」の勧誘もあったことだろう。時は、敗戦間近い1945 年(昭20)5 月のことだった。

■しかし事態は、すぐに暗転する。
 8 月に入るや、連合国に加わったソ連の軍隊が侵攻して来る。成人男性は軍に招集され多くが死んだり、捕虜になったり。残された女・子ども・老人は、当ての無い大陸での逃避行が待っていた。土地を奪われた恨みの現地住民から襲撃を受け、集団自決や捕らわれて収容所へも。
 全国から赴いた27 万人のうち8 万人が命を落とした。阿智の人々も先に述べたように、約100 人がこの地で亡くなり、帰国が叶ったのは47 人だった。
 館内展示の中には、生き延びた人々が逃亡する際の様子や、極寒の収容所での修羅が書き記されている。「もう死んだ方がいい」と、互いに石で殴り合うのだが、死に至らない悲劇の様も。
 この記念館の建設。「戦争は二度としてならない」という村の意志が表れている。「中国残留孤児」の帰国問題で日本が揺れた時があったが、この残留孤児は、阿智の人らが逃避行の際に、わが子を中国人に託した子どもたちに他ならない。
 シベリア抑留から帰った村の僧侶が、帰還運動に奔走し、それが口火となった。

■記念館の庭に「前事不忘、後事之師」と刻んだ記念碑がぽつり。胸にグサリと突き刺さってきた。その意味は「前事を忘れず、後事の教訓とする」。
 この「ツネじい通信」の前々号で、「欺されることの責任」と題して、先の戦争は「騙された側にも、戦争責任はある」と紹介したのだが、こんな阿智村の“自戒の例”を突きつけられると、二の句がつけない思いになる。翻って、ごっそり国民を騙して地獄の渕に追いやった国のあり様に、怒りを覚えてならない。

■ 安倍首相が政権を投げ出し、安倍政治の大番頭というか実行委員長だった菅官房長官が、その後継者に決まった。
 「アベ政治の悪事にフタをし、さらに継承するぞ」ということを意味している。
 「安倍の7 年8 か月」は、「戦争法」を強行採決するなど憲法9条に守られた「戦後の平和路線」をなし崩しにする“悪夢の時”だった。しかし、国民の多くは「安倍さんお疲れ様」と、内閣支持率アップする形で反応した。何ともノー天気な話だ。
 その安倍さん、引退記念に特別談話の形で「敵基地攻撃の保有能力」保持を、政治のまな板の上に乗せる提案をした。安倍さんが最後の最後まで終着したのはコロナでも災害対策でも、貧困対策でも無かった。「国民の命」よりも、「軍事」だったのだ。
 何とも惨(みじ)めな最期ではないか。

 安倍さんや麻生さんに「阿智村の叫び」を突きつけたとするなら、彼らは多分こう言うことだろう。「それは、うまい騙しのテクニックだったな。見習わねば」と。
 阿智の人たちが騙されたのは、貧農から抜け出したい思いが強かったからだろうが、今でも形は変われど同じだ。
 「景気をよくして生活を楽にしたい」、だから「アベノミクスに期待してみるか」。言ってみれば、「貧農」が「生活苦」に変わっただけの話。
 今も騙しの手口は変わっていない。

■コロナ禍を差し置いて「軍事拡張」を譲らぬ安倍さんに抗するかの様に、「いま英知が試されている」と説くお方がいる。名古屋大学名誉教授の池内了さんだ。「ぎふ平和のつどい実行委員会」が、この27日に予定している「憲法公布74 周年記念講演会」の講師だ。
 池内さんは中日新聞「時のおもり」(8 月1 日)で、こんな自説を述べておられる。大いに共感できる記事だ。その内容を筆者流に紹介すると―。

 《 コロナを戦争相手国のように例える政治家がいるが、お門違いだ。コロナに立ち向かうには、戦争とは真逆の世界の協調行動が求められている。拡大する一方の軍事費をコロナ対策に充当させれば、はからずも平和に貢献できる。また資源・エネルギーを無駄遣いしなくてよい。それが英知というものだ 》

■「戦争をする国づくり」を志向し、中国、朝鮮半島を侵略した過去を、まっとうに反省することなく、敵視・嫌悪する空気を醸し出す「アベ的な政治」。記念館の庭に掲げられた「前事不忘、後事之師」の「前事を忘れず、後事の教訓とする」の誓いが泣くというものだ。
 私たちは、未だ「政治を選択できる」選挙という権利を有する。菅政権は即刻、総選挙に打って出る構えを見せているが、阿智の人たちの多大な犠牲の末に手にしたこの教訓を、忘れてはなるまい。

(2020/9/14 記)

「ツネじい通信」 NO91 2020/9/14 より転載
発行者 高橋恒美(岐阜県羽島郡笠松町東陽町36-4)
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