中国大使館でアニメ映画『長安三万里』を見る

                                     首藤 滋

 8月26日、中国大使館の招待をうけて、文化部主催の映画上映会に参加することができた。午後の強い日差しのもと、大使館に向かって歩いた。東京・六本木には職場があって2000年あたりまで13年ほど通ったが、駅周辺は様変わりしている。しかししばらく眺めると、建物の外装が改まり、名前が変わってはいても、高速道路を含めて、道路はあまり変わらないものだ。『ブラタモリ』のタモリの口調を少し思い出した。

     中国大使館ホール

 大使館のホールはおそらく200名を超える参加者でにぎわっていた。ざっと見まわし、耳をそばだてていたところ観客の半分以上は日本人のようだ。書道関係の知人とも挨拶ができた。

 『長安三万里』は2023年中国制作のアニメ映画だ。主人公は8世紀・盛唐の詩人・高級官僚の高適であり、大詩人李白との交わりを中軸として描かれている。高齢となった節度使・高適が、敵軍との戦の明け暮れのなか、都・長安(今の西安)からの使者に、以外にも「李白とはどういう関係か」と問われ、若き日を回想するところから始まる。青雲の志をもって都・長安に向かう高適を、自分への追手と勘違いした侠客・李白との馬上試合の記憶が前半のハイライトのひとつだろう。なにしろこの映画の上映時間は2時間48分もあるのだ。やがて官僚としてほぼ順当に出世していく高適は、まぶしいばかりに詩人として活躍する李白の他、若き杜甫や郭子儀・王昌齢らと交遊する。李白は宮廷に召されるまでに出世するが、やがて安史の乱の混乱のなかで、反乱軍に味方することになり、追放の憂き目にあう。

 私は吟詠を趣味として約35年続けた。主に漢詩と和歌を詠じ、漢詩作の先生について作詩のまねごとをした。日本漢詩は別にして、漢詩吟詠では古くは4~5世紀の陶潜あたりから11世紀の蘇軾ころまでの詩を主に吟ずる。唐詩はなかでも最も愛唱されている。この映画では、李白の詩だけでも「早発白帝城」、「静夜思」、「子夜呉歌」、「黄鶴楼送孟浩然之広陵」などがスクリーンに現れ詠じられる。ああ、あの詩だ、と懐かしく、感動した。いろんなエピソードがあったが、李白を『荘子』逍遥遊篇に出てくる鯤とみなすという場面には仰天した。また傾倒した道教について、晩年失望を吐露する李白には、ああ、そういうことだったのだろう、と納得した。妻との離別の場面も印象に残った。終始圧倒されたスクリーンだが、これまで、詩人たちの生き生きとした生活と作品を有機的に考えなかった自分の唐詩理解の貧しさを実感する。他方、これもしかし様々な解釈があり、異論もあり得るのではないかと、内心思えた。これは改めて再見、三見する価値がある。

 この時代と処を描いて、玄宗皇帝と楊貴妃が出てこないのは不思議にも思えた。(楊貴妃は「自殺した」というセリフがあったが。)が、詩人たちに焦点をあてた作品であれば、むしろその方がすっきりする、あるいは逆に出せば3時間半・4時間とかの超長編になったかもしれない、と納得した。大使館でいただいた果物もたいへんおいしかったです。