JCLIF レポート

中国におけるストライキの法律と実際について中国の弁護士が解説
ー「人民網日本語版」より (2013/2/13)

 中国では多数発生しているストライキは合法なのか、非合法なのか?工会(労働組合)はそのストライキを公認しているのか、それとも抑圧しているのか?政府や共産党はどうなのか? われわれが疑問に思っていることにある程度答える記事を人民網日本語版(中国共産党機関紙・人民日報のWEB版)で見つけた。昨年の自動車会社・ホンダのストライキを契機に広がったストライキを懸念する経営者、地方工会幹部、地方政府役人など向けに書かれたと思われる。
  中国の憲法はじめ法律的にはストライキは認められていない。しかし、共産党は実際的には労働者の賃上げを支持し、発生したストライキを承認し、工会は労使の仲介をして早期に終結することを求めている。筆者は中国の弁護士である。4回連載で法律論や政府や工会の公式の立場を簡単に紹介している。
原文(日本語)は「中国法教室(101回~)」に掲載されている。 

作者:周暘  段和段法律事務所パートナー弁護士(早稲田大学法学研究科卒 法学修士)
作者:高嵩  段和段法律事務所パートナー弁護士(北京大学法学部卒、元北京第2中級人民法院裁判官)

 (1)ストライキ( 総論)「人民網日本語版」2012年12月17日
 (2)ストライキ( 法律論)「人民網日本語版」2012年12月28日
 (3)ストライキ(実務論)「人民網日本語版」2013年1月15日
 (4)ストライキ(現場対応論)「人民網日本語版」2013年1月30日

(1)ストライキ( 総論)

  「毎日経済新聞」、「21世紀経済報道」、「日本経済新聞」など中国と日本の主流新聞メディアで報道され、ウェブ上でも議論されたホンダストライキ事件は、労使賃金交渉の「パンドラの箱」を開けたと言っても過言ではありません。

 ストライキ(中国語:罷工)は、複数の従業員が明確な目標の下、組織的に労働を拒否し、企業の正常な経営に影響を及ぼすものです。日系現地法人は(1)関連法規定の欠如及び法律と実務との乖離(2)日中両国の歴史問題と政治問題に起因する民族感情(3)日中両国の文化差異の下での日本人管理者と従業員とのコミュニケーション問題--というマクロ的な環境に身を置きつつ、賃金、厚生福利等の問題に対してますます敏感に反応する従業員に対応しなければなりませんが、その対応は非常に難しいものがあります。その上、インターネット、メディア等を経由して問題がいきなり公になる情報化社会の怖さにも十分心構えをしなければなりません。したがって、賃金上昇を目的とするストライキは、次から次へと広げていく現象に鑑み、どの会社も直面せざるを得ない大きな労務管理のアキレス腱になるといえます。

 中国の現行法には、労働者のストライキ権利を認める明確な法規定はなく、労働組合によるストライキの発動、組織についての権利義務も与えられてはいません。しかし、ストライキについての法規定が欠如しても、「労働者階級の先鋒部隊組織」である中国共産党は、一般的な理解としては、労務クライシスの場合(政治上の要請ではなく)のストライキ権利を基本的には許容するという姿勢を取ることになります。特に国民収入倍増計画を打ち出した中央政府にとっては、労働者の賃金上昇要求に対して、政策論の支持を与えることになると予想されます。一方、「すべてのものに安定を」という原則は、各地方レベル政府の任務である以上、ストライキの拡大をコントロールすることが地方政府の指針となります。上記中央政府の政策論の影響を受けて、この地方政府共通の指針の下においても、ストライキ事件に対する各地方政府の処理には温度差が存在すると思われます。

ストライキに関する法規定の欠如は、ストライキ対応実務の無秩序現象をもたらします。つまり、ストライキについての必要な法的制限が不足しており、ストライキ中の合法的権益について、企業が法的救済を得ることは難しいと思われます。一方、日系企業にとっては、ストライキ、特に中国におけるストライキへの対応経験がほぼない中で、対応の慌しさ、対応原則のなさ、対応ミスの連発など、労務管理上のウイークポイントが露呈することになりました。また、労使ともこれまで日常の賃金協議に関わる経験が明らかに不足している中で、ストライキという緊迫な場面において、交渉の方法論さえ合意できない以上、お互いにとってはまともな交渉が不可能に近いといえます。結局、このような状況の下、企業側が労働者のパワーに圧倒され、地方政府の指導、ひいては命令下で労働者に歩み寄りを強いられる可能性があると考えます。

 ストライキについての法的位置付け、中国共産党の政策上の指針、および各地方政府の実務は、必ずしも明確な回答はありません。企業にとっては、このような厳しい現状の中で、安易に交渉相手に頼るのではなく、自らの力で企業の正常経営を守ることが大切でしょう。今回の総論を踏まえ、本連載は次回以降、法律論、実務論、対策論という流れで説明を行っていきます。

(2)ストライキ( 法律論)

 前回総論においては、「中国の現行法には、労働者のストライキ権利を認める明確な法規定はなく、労働組合によるストライキの発動、組織についての権利義務も与えられてはいない」という結論を提供しました。現行法では、労働者にストライキ権利があることは明確にされていませんが、かといって、ストライキを厳格に禁止するものもありません。以下の立法の経緯または立法の趣旨から見ると、通常の場合、労働者のストライキ権利はある一定程度は許容されていると思われます。

 1、1954 年の「中華人民共和国憲法」には労働者にストライキの権利が与えられておらず、1975 年と1978 年の"文化大革命"時には、「中華人民共和国憲法」に労働者のストライキの権利が短期間のあいだ明確にされたものの、現行憲法である1982 年の「中華人民共和国憲法」ではこの権利はすぐに取り消されました。

 2、2001 年7 月、「経済、社会及び文化権利国際公約」が中国で発動し、この公約中には労働者によるストライキの権利が規定されています。中国政府は、この公約を受け入れる際に、ストライキ規定に対して留保意見を提出せず、事実上、国際条約のレベルでは、労働者のストライキの権利について賛同または黙認していると解釈されます。

 3、「裁判官法」(2001)、「検察官法」(2001)や「公務員法」(2006)などの法律で、裁判官、検察官や公務員らがストライキに関係することをそれぞれ禁止する規定、ならびに「戒厳法」(1996)で戒厳期間のストライキを禁止する規定以外には、労働者のストライキ権利を禁止する法律はありません。

 4、「工会法」(2001)第27 条には、労働者による操業停止(中国語:停工)やサボタージュ(中国語:怠工)が発生した場合、労働組合(中国語:工会)は一定の救済を与えなければならないと規定されています。つまり、労働組合は従業員を代表して、関係者と協議して従業員の意見または要求を反映し解決意見を提供しなければなりません。企業は労働者側の合理的要求を引き受けなければならず、労働組合は企業に協力して早急に生産秩序を回復させなければなりません。

 世界各国の法律の一般的な規定では、労働組合にはストライキを発動、組織する権利があり、かつ一般的にはストライキを合法的に発動、組織する権利を有する唯一の主体で、労働組合を通じず発動または組織されたストライキは非合法として、通常、法律の保護及び救済を得られないとされています。しかし、「工会法」(2001)などの関連法律法規によると、中華全国総工会と基層工会にはいずれもストライキを発動、組織する権利義務はありません。

 5、「公安部の労働争議における集団陳情ストライキ等の労働行政部門による企業労働者の適切処理との協力に関する通知」(2003)規定によると、ストライキ案件において労働社会保障部門は関係方面や当事者と協調して解決せねばならず、一般的状況下において公安、武装警察を使用することはできません。

 (3)ストライキ(実務論)

 前回は、ストライキに関わる法律論を説明しました。今回は、明文法上規定は存在しませんが、ストライキ問題に対する実務論(政策的な観点を含む)を紹介します。

 中華人民共和国建国以来、中国共産党は労働者のストライキ問題に対して、「奨励はせず、努めて防止する」態度で臨んできました。その理由として、社会主義条件下における労働者と資本家の矛盾は、人民内部における矛盾であることから、ストライキの方法を採る必要はなく、かつストライキ自体が人民の利益に反するものであるからです。

 改革開放以降、中国共産党と政府は、ストライキ問題について公に意見を表明したことはないものの、政治上合法性の根拠付け(キーワード:「労働者階級は先鋒部隊組織である」)や社会の安定性(キーワード:「すべてのものに安定を」)を考慮した観点から、多くの地方政府は労働者のストライキに対して、「ストライキを認めるが奨励はせず、適切な方法で事態の拡大を防ぐが中止は強制しない」態度で臨んできました。

 地方政府は、ストライキ中に労働者から出された合理的で実行可能な要求については受け入れるように企業に指導します。一方、労働者の非合法、不合理な要求はいうまでもなく、合理的かつ合法だがすぐに要求を受け入れられないものについては、地方政府が支持しないのは、一般原則であると思われます。

 以上のような政策的な執行のしたでは、労働組合、地方労働行政部門、地方公安の実務上の対応は、以下の通りになります。

 1.企業労働組合は、労働者と企業を結びつける協調的な存在である以上、ストライキのような対抗手段を通して関連要求を行うものではありません。一方、ストライキが発生した場合、企業労働組合が労働者を代表して、企業と平等な協議を行う役割を果たす必要があります。企業労働組合の管理組織である地方労働組合は、労働者側の要求の合理性を中心に意見を提出し、労働者の協議行為を指導します。したがって、基本的には協議の際に、地方労働組合が協議の立会人となることが多いですが、場合によって、地方労働組合が労働者の代言人として直接協議に参加することも見られます。これに対して、平等な協議を経て、企業が労働者の要求を負担できない場合、地方労働組合は労働者側を説得する立場でもあります

 2.地方労働行政部門は、労働者側の要求の合法性について、客観的、中立的、権威的な意見を提供する部門です。労働法の行政執行部門である地方労働行政部門は、当然ながら労働者保護の立法趣旨に合致しなければならないのですが、地方の経済成長(特に経済開発区は、商業誘致の目的を有する)というGDP上の任務、および地方の安定団結という政治上の任務を負っている以上、労働者側の非合法、不合理な要求に対して、基本的には否認する立場にあることをよく理解する必要があります。

 3.前回法律論で紹介した規定によると、ストライキ案件において労働社会保障部門は関係方面や当事者と協調して解決せねばならず、一般的状況下において公安、武装警察を使うことはできません。労使紛争により引き起こされた操業停止、怠業およびストライキについて、企業または従業員が警察に通報した場合、公安機関は原則上これに介入せず、労働社会保障部門に処理を引き渡します。ただし、いったんストライキ中に財産の侵害、人身権利への過激行動が発生した場合、公安機関は法に基づいて処分を行います。

(4)ストライキ(現場対応論)

 これまで、3回を分けて、ストライキの総論、法律論、実務論を解説してきました。今回は、ストライキ発生の際の現場対応論について、解説いたします。まずは、現場対応の作業順番のイメージをお伝えします。

 1.対応チームの構成およびそれぞれの役割、現場対応の基本原則についての認識共通
投資者を代表できる経営管理者以外に、法務、広報、IT、通訳等の現場対応に必要な専門担当者が必要であると考えます。

 2.事実確認と法律判断に基づき会社案の決定
従業員が会社に対して提出したストライキの目的となる書面要求について、法律、労働契約と会社規則類、会社の経営事情、他社事例などの判断根拠に基づき、リアルタイムに会社の案を決定する必要があると考えます。

 3.政府関連機関、地方労働組合への説明作業
会社の案が決定次第、政府関連機関、地方労働組合に対して、事前説明を行って、できる限り、事前の了解を得る必要があります。

 4.ストライキの現場交渉
従業員代表との間に、従業員要求の合法性、合理性について、会社側の説明を行った上、会社の案を提出します。

 5.職場復帰のタイミングを作って、ストライキを収拾していくこと
現場交渉を通じて従業員の納得を得てストライキを収拾していくことは、もちろん大切ですが、合法性、合理性を持つ会社の案に対して従業員が納得しない場合、どのようにストライキを収拾していくことのアプローチも模索しなければなりません。

 6.ストライキ発生後の対策
ストライキを収拾した後の会社の労務管理においては、ストライキの再発を防止できるように再度組み当てる必要があると考えます。

 次に、ストライキ処理の基本原則について、認識を共通化する必要があります。

 1.職場復帰と再発防止の優先順位を決めること
優先順位の違いによって、現場対応の方法論も変わってくることについて、くれぐれも理解する必要があります。

 2.交渉のプロセスを重視すること
労使ともこれまで日常の賃金協議に関わる経験が明らかに不足している中で、ストライキという緊迫な場面において、交渉の方法論さえ合意できない以上、お互いにとってはまともな交渉が不可能に近いといえるかもしれません。しかし、誠意を持って交渉したというプロセスがなければ、次の打開策が困難であると思われます。特に、再発防止を優先にする場合、交渉のプロセスが非常に重要です。

 3.ストライキ現場の対応過程において、絶対ミスを起こさないこと
これまでの解説の通り、賃金上昇を目的とするストライキは、違法なものではありません。したがって、ストライキ従業員を会社の対立面に置いてはいけません。ストライキ参加者に対して、企業管理者が言ってはならないこと(例:ストライキ参加者を全員くびにする、など)をよく理解する必要があります。このタイミングでストライキ従業員を解雇することは、賃金上昇とは別の争点(ストライキの違法性と個別従業員の就業規則違反問題)を引き起こして、従業員の感情に火を注ぐ形になるため、やってはならないことだと思われます。いずれにせよ、賃金上昇ストライキを処理する過程においては、ストライキの長期化を避けるために、会社側が絶対に対応のミスを起こしてはなりません。


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