日中労働情報フォーラムの活動

  日中労交訪中団―南京で国家追悼式に参加 (2014/12)

 日中労交訪中団は、12月10日から14日まで、北京、南京、上海を訪問して、南京大虐殺犠牲者国家追悼式に参列するとともに、中華全国総工会、中国職工対外交流センター、中国国際交流協会と懇談し、友好を深めてきました。訪中したのは、団長=伊藤彰信(日中労交副会長、全港湾顧問)、副団長=垣沼陽輔(日中労交副会長、全日建近畿地本委員長)、秘書長=前川武志(日中労交事務局長)、団員=千葉雄也(労研フォーラム、東京清掃労組OB)、松永英樹(全港湾副委員長)、諸見力(全港湾書記次長)、樋口万浩(全港湾大阪支部副委員長)の7名です。

中国人民抗日戦争記念館

 訪中団は10日に北京に到着し、11日午前に盧溝橋にある中国人民抗日戦争記念館を見学しました。同記念館には、1931年の918事変(満州事変)から1945年の抗日戦争勝利までの展示がありました。日本軍国主義の侵略に対して、救国運動が巻き起こり、国民党と共産党の国共合作により統一して抗日戦争を展開し、勝利する過程が展示されていました。台湾、香港、マカオでの戦いも紹介されていました。各展示室は、日本侵略者が多くの殺戮と破壊を行った事実と中国人民が果敢に戦ったことを示していましたが、最後の展示室は、日中国交回復に至る日中友好交流の過程が展示されており、「中国人民は日本人民を恨んではいない」「歴史を戒めの鑑とし、未来に目を向ける」と書かれていました。

 11日午後、中国職工対外交流センターの彭勇秘書長(写真上)、李暁波副秘書長ならびに中華全国総工会の邱麗珍亜太処副処長、孫建福国際組織処処長と懇談しました。彭秘書長は「日中労交は、文化大革命時代から今日まで日中友好のために変わらぬ努力を続けてきました。日中関係が困難な時期に中国を訪問したことを心から歓迎します」と迎えてくれました。訪中団からは、5年前に南京大虐殺記念館に「反派遣、日中不再戦の誓いの碑」を建てた際に尽力いただいたこと、今回、南京大虐殺犠牲者国家追悼式に参列できるよう手配していただいたことに感謝し、日中労交も世代替わりしてきているが、日中労働情報フォーラムを立ち上げ中国の労働事情について情報発信をしていること、日中友好をさらに若い人に伝えていきたいと考えていることなどを述べました。懇談では、中国での労働条件が向上し、円安の影響もあって中国から日本への研修生、実習生が減少していること、日中の若い世代がお互いに嫌中感情、反日感情が増している中で若い世代の交流が重要であること、中国に進出した日本企業で労働争議が増えているので日本人が中国の労働事情の理解を深めることが必要なことなどについて話し合いました。

 夜は、ILO理事でもある中華全国総工会の江康平副主席(写真上)が招待宴を開いてくださいました。

南京大虐殺犠牲者国家追悼式

 12日午前は、中国国際交流協会(写真上)を訪れ、李冬萍理事、王琳亜太処処長、昨年まで駐日中国大使館の参事官であった文徳盛さんと懇談しました。ひとりっ子政策により中国も少子高齢化社会を迎えつつあること、中国経済が高度成長期から安定成長期へと変化していく時期であり、日中の協力関係も変化する時期に来ている。社会的インフラ整備による投資型のハードな経済協力から、環境対策、省エネ対策など高付加価値の生産やソフトな面での経済協力が必要な段階であるという話が印象的でした。
 12日午後は南京に移動しました。その晩は江蘇省総工会の王兆喜副主席が招待宴を催してくださいました。

 13日は、江蘇省総工会国際連絡部副部長の羅慶霞さんの案内で南京大虐殺犠牲者国家追悼式に参加しました。要人が出席するため厳しい警備でした。顔写真入りの出席証を提示して入場しました。通常の出口から入場したので、市川誠初代会長が揮毫した「反派遣、日中不再戦の誓いの碑」(写真下)を見ることができました。


 式典会場は中国国旗の半旗が掲げられていました。当時の生存者には椅子席が用意されていましたが、出席者、約1万人は起立したままでの参加でした。私たち外国代表は、外国大使、公使の後ろで、前から7列目でした。式典は、国歌斉唱、黙祷(市内でサイレン、クラクション、汽笛が鳴る)、花輪奉奠、小中学生の朗読による平和宣言、鼎の除幕、習近平国家主席の演説、平和の鐘の打鐘、放鳩と続き、30分ほどで終了しました。

 習主席の演説はつぎのような内容でした。南京大虐殺の犠牲者と抗日戦争に命を捧げた革命烈士を追悼し、過去を忘れず、平和を大切にし、未来を切り開く決意を宣言する。南京大虐殺の悲惨な出来事を改ざんすることはできない。虐殺の事実を認めない人は、歴史に否定され、世界中の平和と正義を愛する人に否定される。国家追悼式を行うことは、過去の恨みを引き伸ばすためではない。中日両国国民は子々孫々に至るまで友好関係を保ち、歴史を鑑とし、未来志向で人類の平和のためにともに貢献していかなければならない(全文は駐日中国大使館のホームページで見ることができます)。
 南京大虐殺犠牲者追悼の式典が初めて行われたのは1985年8月15日であり、記念館が開館した日です。この式典に日中労交の会長であった市川誠氏(元総評議長)の参加が許されたわけですが、式典は江蘇省と南京市の主催で行われてきました。今年、中国政府は、9月3日を抗日戦争勝利記念日、12月13日を南京大虐殺犠牲者哀悼日にし、国家式典を行うことを決めました。この初回の国家式典に日中労交の代表団が参加できたことは、大変意義あることです。
 この日、南京では世界の宗教者による慰霊祭、キャンドルメモリーなど一日中、追悼の催しが行われました。しかし、私たちは午後、高鉄(新幹線)で上海に移動しました。

14日、上海職工対外交流センターの案内で市内見学をしたあと、浦東空港から帰国しました。全行程に同行してくださった中国職工対外交流センターの宋秀菊さんには大変お世話になりました。

報告:伊藤彰信(訪中団団長、日中労交副会長、全港湾顧問)
写真:諸見力、垣沼陽輔、人民網日本語版