会員から

こんにちは。会員のIYです。

先日、中国の雇用契約の実態について聞かることがありました。その際、中国では1年契約の雇用契約の反復更新がほとんど、と返事をしたのですが、もうすこし正確な情報を、と思って調べてみました。

変容する中国の労働法以下は『変容する中国の労働法 「世界の工場」のワークルール』(山下昇 等編著/九州大学出版会/2010年1月/1000円)から、中国の雇用関係の現状が分かるように抜粋しました。◎小見出し、[ ]、および※印はこちらで入れました。

中国の厳しい雇用状況や労働力の市場化が、90年代はじめの国有企業の民営化に象徴される経済政策によってもたらされたものであることがわかります。

引用元のの本は、新書判ながら、雇用契約以外にも、労働組合、社会保障など、現在の中国の労働者を取り巻く厳しい状況を分かりやすく解説していますが、情報量が豊富なこと、中国政府の主張がそのまま紹介されているケースがあること、そして日本の企業人向けにも書かれていることから、やや選別して読まないと、中国の雇用情勢におけるネオリベ度合いに気がつかないかもしれません。

たとえば解雇の金銭解決は中国では当たり前になっていますが、本書ではちょっと注意して読まないと、逆に「中国の労働法制のほうが日本より進んでいる」なんて勘違いする可能性もあります。とはいえ良い本ですので、専門書店にしかないかもしれませんが、興味のある方はぜひ。

中国で定着・蔓延するネオリベ雇用
―『変容する中国の労働法 「世界の工場」のワークルール』から

 ※『変容する中国の労働法 「世界の工場」のワークルール』(山下昇 等編著/九州大学出版会/2010年1月/1000円)からの抜粋です。◎小見出し、[ ]、および※印は引用者が入れました。

◎ 94年「労働法」の公布と中国型終身雇用の終焉

「社会主義計画経済下[1953~78年]における中国の雇用システムは、固定工制度と呼ばれ、いったん企業に配置された労働者は、例外的な場合を除いて、その従業員としての身分を失うことはなかった。」(87頁)

「改革開放政策[1979年~現在]による市場経済の導入に伴って、私営企業や外資企業が続々と増えてきた。そこで政府は、多様な個別労働関係を調整するために、1980年代から労働契約制度を導入し、1994年公布した『労働法』によりそれを立法化した。」(17頁)

※なお1950年代初めから実施されてきた大学新卒者すべての就職を国家が斡旋するシステム「統一分配制度」は、ごく一部の国家幹部ポストを除き、93年から大学生の就職は基本的に市場化され、2007年にチベット自治区での制度廃止によって完全に終了している。

「『労働法』の下では、有期(期間の定めのある)労働契約の締結、更新、期間の長さ、契約期間満了時の『雇止め』のいずれに関しても規制されておらず、自由に設定することができるとされていた。そのため、有期契約が一般的となり、大半の企業は1~3年間の労働契約期間を定めたうえ、それを更新していく手法をとっていた。……『労働法』は、『労働者が同一の使用者において連続満10年以上勤務し、当事者双方が更新に同意する場合において、労働者が期間の定めのない労働契約を締結する旨提案したとき』に期間の定めのない労働契約を締結しなければならないとしている。つまり、使用者の同意がなければ、期間の定めのない労働契約を締結することができない」(19頁)

◎ 国有企業改革によるリストラと農村労働力の自由移動

「計画経済型の企業経営から市場メカニズムを前提とした企業経営に転換するための取り組みの一つとして、従業員のリストラは、市場経済化の宿命といえる。中国は、1993年以降、飛躍的な経済成長を遂げてきたが、この高度経済成長の裏では、失業率の悪化と失業者数の増大という、一見すると、矛盾するような現象もみられる」(89頁)

「中国における改革開放政策による市場経済化の進展、また労働契約制度の拡大の中で、国有企業の雇用管理でとられていた『固定工』制度の根本的な改革が要請されるようになった。このような流れの中で、国有企業の雇用調整措置として『下崗』制度[レイオフ]が取り入れらた。この制度によって出現した『下崗人員』は、実態としては失業者となるため、『下崗』制度と並行して、大量の『下崗人員』の再就職が政策上求められるようになった。……企業はその『再就職センター』(国有企業の改革過程において設立しなければならない組織)との間に、『下崗人員』に対する委託管理契約を締結し、この『再就職センター』が企業に代わり、生活手当及び医療費の支給を行い、就職先の斡旋や職業訓練を実施
するという仕組みがとられた。このようななか、一部の企業は『再就職センター』を基礎に、主に就職先の確保目的で労働者派遣機関を組織するようになった」(71頁)

「中国では、農村労働力の都市への流動が政府の行政措置によって厳しく制限されていたが、この制度は1980年代から少しずつ緩和され、2000年以降では、ほぼ取り除かるようになった。これに伴い、各地方政府は、農村労働力(「農民工」と呼ばれる)の都市での就職が効率的かつ機能的に達成できるよう、また、地域経済の発展や農村労働者の就職状況を改善できるようにするために、労働者派遣の形式をとおして、それを組織的に促進してきた。」(71頁)

◎ 雇用破壊で蔓延する派遣労働

「農村労働力の都市への流動、計画経済から市場経済への転換に伴い、『下崗人員』の再就職の要請やグローバル化経済の影響など多様な背景をもとに形成された厳しい就職状況の中で、中国政府は『フレキシブルな就職』を高く評価し、それを促進する雇用政策をとっている。労働者派遣は、就職や再就職のための『フレキシブルな就職』の有効なルートの一つとして、政府によって積極的に促進されてきている。このような雇用政策に対応し、各地方政府も、労働者派遣を積極的に提唱し、自ら派遣元企業を設立したり、優遇政策を打ち出したりしてその発展をサポートしている」(72頁)

「中国では、労働者派遣は、最初は沿海地域を中心に展開したが、次第に内陸地域まで広がり、現在は全国の大部分の地域で見られるようになった。」(73頁)

「労働者派遣の利用範囲はサービス業、製造業や建設業に集中しているが、その領域が次第に拡大し、多様な分野において利用されるようになった。そして派遣される労働者は、主に農村からの出稼ぎ労働者、国有企業のリストラで生じた『下崗人員』及び専門的な人材に分けることができる。」(74頁)

「中国における労働者派遣を…みると、いわゆる『回転型』派遣…が多くみられる。『回転型』派遣というのは、(1)A社が自ら雇用した労働者を解雇、(2)B社が派遣元企業としてその労働者を雇用し、そして(3)A社がB社にその労働者を派遣してもらう、ということを意味する。この『回転型』派遣は特に国有企業や『事業単位』[行政部門]においてよく利用されている。」(75頁)

◎ 終身雇用を回避するための脱法的派遣の事例

「10年近く働いた労働者が『回転型』派遣をされ、元の会社で働き続けたところ、仕事中の過失で解雇され、『労働法』で定められている勤務年数に応じる経済保障金が支給されなかった事案が2005年に、メディアに大きく報道された。…10年近く働いてきた労働者は、特定の派遣元企業と労働契約を締結するように求められたため、会社に解雇されることを恐れて言われた通り、その派遣元企業と労働契約を締結した。その後、この労働者が会社において働き続けたところ、仕事中の小さな過失で、派遣元企業に『返還』され、派遣元企業はこの労働者を解雇した。そこで、この労働者は会社[もともと働いていた派遣先の企業]を相手に、11年間の勤務年数に対応した経済補償金を求めた。労働仲裁は、労働者と派遣元
企業との間の労働契約は真実で有効であるとし[つまりもともと働いていた派遣先企業との雇用関係は認められなかった]、労働者の請求を棄却した。…最終的には会社との間で和解した。」(78頁)

◎ 08年「労働契約法」施行でも雇用破壊は止まらない

「2008年1月1日に施行された『労働契約法』は、初めて労働者派遣に関して法規制をかけた。」(79頁)

「現在の運用においては、『回転型』派遣に典型的に代表されているように、労働者派遣の名目でコスト・ダウンを図る濫用が多くみられる。実際、2008年1月に『労働契約法』が施行されたのきっかけに、航空、銀行、石油、電信等業界における規模の大きい上場企業をはじめ、多くの企業では、できる限りリスクを縮小するため、正規雇用の代わりに労働者派遣を利用し始めたのである。」(85頁)

「『労働契約法』で定められている即時解雇事由および一カ月間の通知または一か月分の補償金の支払いで解雇できる事由が生じた場合、派遣先企業は労働者を派遣元企業に『返還』することができ、派遣元企業が所定の手続きで労働者を解雇することができる。」(82頁)

「使用者側のイニシアティヴあるいは原因により、労働契約を解約・終了する場合、経済的補償金の支払いが求められる。…ただし、期間満了により、労働契約を終了するにあたって、使用者が、労働条件水準を維持・改善する契約更新の申し込みをしたにもかかわらず、労働者がこれを拒否した場合には、労働者側のイニシアティヴによって労働契約が終了するとみることができるため、使用者は、経済的補償金を支払う必要はない。そして、経済的補償金の金額は、勤続年数一年につき、30日分の賃金相当額で、六か月以上一年未満の期間については一年として算定する。」(100頁)

※つまりカネ=補償金さえ払えば自由に解雇できる。そもそも最低賃金並みの基本給なので、使用者側からの労働関係解消でかかるコスト=補償金もたかが知れているし、どうしようもないくらい低い賃金などの労働条件水準を維持するからといって喜んで残る労働者はいないことから、使用者はこのような補償金すら支払わなくてもよい状況が現実にはある。

◎ 「労働契約法」施行前のかけこみ解雇

「中国では、固定工制度における終身的身分保障を打破するために、労働契約制度が導入された経緯があるため、労働契約において期間の定めをおくことが一般的である。したがって、大卒の正社員として扱われる者でも、有期契約が当たり前で、一般的に、1~3年程度の期間を定めることが多い。(例外的に、既に勤続10年以上経過した労働者が、期間の定めのない労働契約の締結を希望する場合には、それを締結しなければならないとされていた。労働法20条2項)。また製造業やサービス業を中心とする職種では、一年未満の契約期間を定め、それを反復更新するのが一般的であった。『労働法』では、契約期間の長さやその更新回数に関する制限がなく、労働契約終了(雇止め)に関する制約もなかったこと
から、契約期間満了によって、労働契約は当然に終了するものであり、雇用調整の重要な手段として、広く用いられてきた(経済補償金の支払いも必要なかった)。要するに、解雇しなくても、比較的短期の有期契約を締結することにより、満期終了時に雇用調整が可能であり、これが解雇規制の抜け穴として機能していたため、労働契約関係の短期化が問題となっていた。」(101頁)

「『労働契約法』14条2項では、『労働法』20条2項に加えて、期間の定めのある労働契約を連続して2回締結し、かつ『労働契約法』39条[職務上の過失などによる即時解雇]、40条1・2号[傷病で労働不能、職業訓練後も仕事ができない]に該当しない場合に、労働契約を更新したときには、期間の定めのない労働契約を締結しなければならないとされている。この更新回数のカウントは、同法が施行されてから[2008年1月]の更新に適用される」(101頁)

「2007年末に、有期契約の雇止めや派遣切り、労働者に対する辞職の強要、就業規則の変更などが相次いだ。また、契約期間が10年を超えたり、契約を2回更新したりすると、期間の定めのない労働契約の締結が義務付けられることから、9年数か月で契約を終了したり、2回目の更新をしなかったりと、結果として、労働者に不利となる事態も生じている。」(102頁)

◎ 解雇規制は相変わらずザルのまま

「解雇規制については、1995年の『労働法』と基本枠組みは変わっておらず、労働契約の終了の際に経済的補償金の支払いが義務付けられたことが、企業にとっての実質的なコスト増にすぎないとの見解もある。また、確かに、法の仕組み上、解雇は原則禁止で、法定事由がある場合に限り、解雇が認められるという解雇制限があるものの、裁判例を仔細にみてみると、以外に、解雇有効の判決はすくなくない。」(104頁)

「今後、使用者としては、就業規則を通じて、懲戒制度や職場規則を整備し、労働者の非行に基づく解雇(『労働契約法』39条)で対応することが予想される。しかし、こうした就業規則違反に対して、社会通念上相当といえる解雇理由になるか、あるいは、解雇という手段を用いることの社会的相当性があるかといった点は、あまり判断されず、形式的に、就業規則違反が判断され、その結果、解雇の規定が適用されるケースもある。また、中国においても、世界的な不況の影響を受けており、景気悪化が『客観的状況の重大な変化』(38条)として、解雇の理由にもなりうると解される。」(104頁)

「このようにみると、日本の解雇訴訟の判例のほうが、中国の解雇規制に比べ、むしろ解雇を厳格に規制しているようにおもわれる。日系企業は、日本における解雇規制を考えるならば、中国において戦々恐々とする必要はないとも考えられる。」(104頁)

「整理解雇を余儀なくされるような会社に、法律を守る余裕はない。解雇の補償金はおろか、多額の未払い賃金があるケースも多い。2008年の世界的な不況のあおりで、外資系企業の中にも、夜逃げする企業が相次いだ。外国人の経営者(管理者)が、突如自国に帰ってしまい、連絡がつかなくなるのだ。さらに、特に製造業において、突然、工場が閉鎖され、労働者が解雇されるケースも増えている。」(105頁)

【おまけ】「世界の搾取工場」における競争的人事制度

「国有企業を含む多くの企業においては、従業員のインセンティブを最大限に引き出すために、能力主義や成果主義をコンセプトとする賃金制度のあり方に関して様々な模索を行っている。その一例として、近年中国の企業に流行っている『末位淘汰制』という人事制度を取り上げてみる。この制度は、大手家電メーカーであるハイアールにも導入されており、毎年10%の優秀社員を表彰するとともに、業績が下位10%の社員を『淘汰』(リストラ)するというシステムである。…もともと競争率が高い中国の労働市場に旋風を巻き起こし、現在、企業経営コンサルタント会社により積極的に提案される人事モデルともなっている。」(38頁)

※ここで触れられている大手家電メーカー「ハイアール」については、現在書店やコンビニなどで販売中の「週刊モーニング」(No.6号2014年1月9日発売)に連載されている「社長 島耕作」で成功したビジネスモデルとして絶賛紹介されている。また同じ号には、事故後に福島第一原発で働いた作業員による体験マンガ「いちえふ」が掲載されています。ぜひとも読んでほしい。