劉少明の法廷陳述(2017/8/7)

こんにちは、会員の稲垣です。

いくつかのMLでお伝えしてきたとおり、中国・広州の労働人権活動家の劉少明さんが、2015年7月に拘束され、2016年4月に裁判がはじまり、2017年7月7日に国家転覆扇動罪で4年半の懲役刑の判決を受けました。現在上訴中です。

先日、ノーベル平和賞受賞者で懲役に服してがんで亡くなった劉暁波さんの東京での追悼集会に参加してきたのですが、劉少明さんも劉暁波さんとおなじく89年民主化運動に参加しており、知り合いだったようです。以下に翻訳した劉少明さんの接見記録や昨年の公判での陳述に、劉暁波さんの名前も出てきます。

容疑の証拠とされたインターネットで公表された文章「北京で六四民主化運動を支援、参加した私の経歴」はこちら(http://bit.ly/2wlBAq3)で読めます。ちょっと長いのでまたいずれかの機会に翻訳して紹介したいと思います。

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◆ 劉少明の弁護士接見記録

原文

「無国界社運」編集部:2017年7月7日、広東の労働人権活動家の劉少明に対して「国家政権転覆扇動罪」の罪で四年半の懲役刑(第一審)が言いたわされた。劉少明は鉄鋼労働者として89年民主化運動のさいに「北京工人自治聯合会」に参加し、六四天安門事件後に「反革命宣伝扇動罪」で一年の懲役刑に服した。出獄後も一貫して労働者の権利擁護の活動に身を投じてきた。
2015年5月、インターネット上で「北京で六四民主化運動を支援、参加した私の経歴」と題した文章を発表した後に当局によって逮捕され、二年余り後の今年7月7日に四年半の懲役刑の判決を受けた。数日前、劉は看守所で葛文秀弁護士と接見した際に、中国の民主化の進歩のために犠牲となることに不平はないと語った。
言論の自由がない国情と強権的抑圧のもとでも、ひるむことなく発言し行動する劉少明は、比類なき勇気をわれわれに示している。以下は、劉少明と弁護士の接見の記録の全文。
時間:2017年7月29日上午
接見者:葛文秀(弁護士)
被告人:劉少明

葛:調子はどうですか?

劉:体調はいいです。休息もとれています。中の人間もわたしには何も(手出しは)できません。気持ちもすっきりしていますし、思い悩むこともありません。こうやって拘束されるのも活動のひとつだと思っています。中国の民主化の進展のためには誰かがこうなる必要があるのです。ですから恨み言もありません。劉暁波さんが亡くなったことは大変悲しいことです。あの時(六四事件当日)わたしたちは天安門広場を撤退した一番最後のグループでした。歴史は絶対に劉暁波を忘れないでしょう。その翌日、私は彼を探しに行ったのですが見つけることができませんでした。葛弁護士先生、あなたもどうぞお体を大切になさってくださいよ。

葛:友人の皆さんもみんなあなたを心配しています。

劉:ありがとうございます。生活上は困ったことはありませんし、特に必要なものもありません。次回の法廷では、家族に傍聴しないように言っておいてください。家族が不要な動揺を与えたくないのです。妻には大変感謝しています。何度も逮捕されているのにずっと付き添ってくれているのですから。彼女に迷惑をかけるので、なんども離婚しようともちかけたのですが、彼女は同意しませんでした。私が出所したら帰る場所が必要だろうというのです。本当に感謝しています。

葛:わかりました。他になにか伝えたいことはありますか。

劉:いいえ。

葛文秀記
2017年7月29日

◆ 劉少明:私の法廷陳述

原文

裁判官、検察官、弁護士、友人のみなさん、こんにちは!

広州市検察院、穂検公-刑訴(2016)5号起訴状によって私は「デマ・誹謗」などの方法で国家政権の転覆を扇動し、社会主義制度の転覆をもくろんだとして、「中華人民共和国刑法」第105条第2項に抵触し、国家政権転覆扇動罪で刑事責任を追及されることとなり、いま陳述を行うところであります。

公民の良知と責任から、わたしはいま一度、被告人として法廷に立っております。27年前の北京の春から夏にかけて、私はあの史上前例のない、腐敗に反対し、民主主義をかちとり、自由を求めた、歴史に言うところの「六四事件」の学生運動に参加し、寸鉄を帯びない若い学生たちが惨めに死んでいった一幕を目撃しました。27年が経ちますが、あの恐ろしい情景はいまだ去らず、いまにいたるも私の心の扉を痛め続け、ある種の抑えることのできない衝動と責任が、無実の罪で亡くなっていった学生の英魂のためにわたしを突き動かして叫び声をあげさせるのです。このため、私は「私の六四回想」の記念文章および「中共当局の末端武装力である兵士と警官への一通の手紙」など多くの文章を書きました。その目的と動機は、国民があの歴史を忘れることなく、過去を振り返るに忍びないあの歳月を振り返ることで、悲劇が再現されないよう警告することでした。こうして私も放念することができると思ったのです。

私の記念の回想文章が、国家と個人のあの歴史の一幕の真実を記録し、異なる政治的見解の言論を発表したことから、「デマ」「誹謗」「国家政権転覆扇動」の罪で起訴され法廷の被告席に座らされています。裁判の結果がどうであろうとも、わたしはそれを引き受けるでしょう。それを引き受けるのは、中国民主化の事業に身を捧げた英霊を慰撫し継承するためであり、罪状の当否は今後の歴史が公正な判断を下すでしょう。20平米余りの囚人房と960万平方キロの思想の大監獄は、自由に向かう人々にとっては、違いのないものなのです。

民主と自由の追求は、私の一生涯の思想的路線の実践であり、この道がいかに困難と苦痛を伴おうとも、わたしは依然として善良な心でこの世界を受け入れ、憎しみと苦痛は歴史の奥深くへと封印したいと思います。ですから、わたしはいつもノーベル平和賞の受賞者の中国市民の劉暁波先生が提唱する「民主主義のため、私に敵はいない」の理念と、中国の人権弁護士の唐荆陵先生が提唱する「非暴力不服従運動」の理念を支持するのです。わたしたちの今日の闘争と苦難は、中華民族5000年の歴史における最後の闘争と苦難であるにすぎません。この闘争には、かつてのような殺戮や血の雨はありません。それは理性的、平和的、非暴力の、憲政民主と自由との春風を神州大地(中国)に吹き込み、中華の福祉に貢
献するでしょう。

中国国民党は台湾において成功的な模索と模範をわたしたちに示してくれています。社会的転換の変革の大きなうねりが訪れるときには、中国民衆はかれらの知恵と奥深い眼差しで歴史を念入りに見つめ、答えを選択することになるでしょう。わたしは、人類の良知は歴史の進歩にとって最も信頼が置けて、最も断固とした、そして最も力強い動力と基盤になることを固く信じています。この基盤にはあなた、私、そしてここにいる一人ひとりが含まれているのです。わたしは真剣にそのように考えているし、そしてそのように行動しているのです。

冷淡者にはわたしの無知と善良を恥じらいもなく笑わせておけばいいでしょう!
ちっぽけなわたしはこれまでと同じように自由のために身を奮い起こして前進するでしょう!

最後に:
起訴状では、わたしが参加してきた無数の中国労働者のストライキや権利擁護の事件、中国人権公益弁護士への支援活動などに関しては一言も触れられていません(警察は取り調べのときには何度も繰り返しこれらについて訊問していました)。それでは、「そっちが提起しないのであれば、こっちも弁明しない」ことにします。

ありがとございました!

劉少明:開廷日にて
2016年4月15日